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カモの背丈はユキよりも5センチほど高いだろうか。彼女より2つくらい年下にみえるから、24歳、いや25歳だろう。明るい茶色の瞳が、真っ直ぐにユキの顔を捉えていた。
「菜ノ越です。あの、他の方が迎えに来ると伺っていたのですが」
「あ、青松が来た方がよかったかな」
青松清志は熊本県の職員で、大会運営ボランティア募集の担当者だった。
「私は断ろうとしたんですけど、青松さんが……」
ユキは言わずもがなを口にした。
「青松先輩は急な用事で、今は高森におるけん」
代わりにカモが来ることになったそうだ。
「どうされると? ホテルに荷物を置いたら、『まち』でも案内しましょか。それとも阿蘇の会場に行ってみますか」
聞いてみると、「まち」というのは市の中心部、下通り周辺の繁華街のことらしい。今夜泊まるホテルのすぐ近くだ。阿蘇周辺には明日以降、滞在することになるので、どうせなら街中を観光したかった。
「熊本城に行きたい」
「そんなら市電に乗って行きますか」
カモは彼女のスーツケースを持つと、駅の出口へ向かった。左足を引きずっている。
「あの、荷物は自分で持ちますから」
「気にせんでください。歩き方みっともないですが、力はあるけんね」
カモが言うには、「ひざは悪いが痛みはない」とのことだった。
「菜ノ越さんは相手が健常者でも、自分で持つと言いましたか。そりゃ僕には出来んことはあるけど、出来ることは他の人と同じようにさせてもらいたい」
冷水を浴びせられたような気がして、ユキは一瞬、立ち止まってしまった。彼女が会社でジェンダーについて文句を言う時、似た言い回しをするからだ。
カモという青年は、ただお人好しなだけではないようだった。
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