『影絵』

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『影絵』

 私は枕元に加湿器を置いています。  寝起きに喉が乾燥しているのが嫌で、それを避けるため就寝前にスイッチを入れるのが日課なのですが、その晩は、うっかり中の水を切らしてしまっていました。  足すの忘れてたかぁ、眠いし面倒くさいなぁ……って思いはしたけど、翌朝喉がガラガラになっているのを想像するとやはり嫌で、半分寝ぼけながらも、お風呂場まで水を足しに行きました。  で、いつもならお風呂場の電気をつけて、手元の状態を確認しながら水が溢れないように作業するのですが、その日は眠気が勝っていて、電気もつけず手探り状態で事を進めることにしました。  使い慣れた場所だからなんとなく位置はわかるし、暗闇といっても物の輪郭くらいは見えるので、私は無事に加湿器の給水口に水道管の口をセットして、蛇口をひねりました。  そのとき――うちのお風呂は浴槽の近くに給湯器のリモコンパネルがついているんですけど、それは放っておくとオフになって、蛇口をひねるとオンになる仕様だから、そのときも自動的にリモコンがオンになって……パネルの温度表示や追い炊きのボタンが、パッと光ったんです。  それで、薄ら手元も見えて丁度いいや、なんて思いつつ目線を落としたら、浴槽と壁の2センチくらいの隙間に顔がありました。  えっ? と呆気に取られて、ついしげしげと眺めてしまったそれは、立体的な凹凸が一切ない、壁に描かれたラクガキみたいな状態で、平面的なものでした。でも私は、直感的に、そいつには意思があると思ったんです。  平面的でありながらも、そいつの目は完全に私を見ていたからです。  そいつの顔以外の部分は浴槽の影と一体化していて真っ黒でしたが、リモコンパネルのおぼろげな光に照らされ、なんとなく体の形はこうだろうか、と目を凝らせば輪郭をたどれるようにも見えました。イメージとしては、影絵のような感じでしょうか。  顔が照らされているのだから、それ以外の部分も見えそうなものだけど……顔以外は無かったのかもしれません。  で、十秒くらいかな……? 見つめ合ってるうちに加湿器から溢れた水が手にかかって、慌てて目を逸らした瞬間に、そいつは消えていました。  それ以降そいつは見てないし、特に変な現象とかは起きてないけど、 「お風呂で頭を洗ってると視線を感じる気がする」……みたいな、よくある話がそいつの顔と結びついてしまって、私はお風呂が少し苦手になってしまいました。 <終>
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