第1話 死んだ世界に生きる人々

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第1話 死んだ世界に生きる人々

 小さい頃、私が寝付けないでいると、親代わりの修道女シスター・サラがお話をしてくれた。 「お空の向こうにはね、天使様がいるの。」 「天使…さま…?」  私の茶色い癖っ毛を撫で、シスターは優しく微笑む。 「そう、天使様。天使様は『シャングリラ』って所に住んでいて、病気の星を治すために戦ってくれているの。」 「すごい!すごーい!天使さま、ヒーローみたい!」 「ふふ、そうね。」  あの夜、シスターから聞いた天使様の話は私の胸に希望の火を灯らせ、子供ながらに私はそのヒーローに憧れた。 「アンジュ、大きくなったら天使さまになる!」 ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ 「では、次の文を……アネット、読んでくれ。」 「は、はい!えっと……約200年前、最後の世界大戦が終結した後、荒廃した『(ほし)』に生き残った人類は大きく2つの勢力に分かれた。」  鼻下にちょび髭を生やした教官に指名されたクラス委員長のアネットちゃんは、やや緊張気味にテキストを音読していく。 「1つは強固なドーム状の『(くに)』と、国を守る国防軍(こくぼうぐん)。そしてもう1つは星の衛星軌道上に幾つも存在するコロニー、それを管理する軍事企業コロニー『シャングリラ』である。」  歴史の授業。士官学校のみならず学校…いや、『国』に暮らす者であれば、誰でも知っている基礎の基礎。  ふと、机を照らす日光が動き、窓の外を見上げる。  上空から指す光が徐々に茜色に染まっていくのを確認できた。  日光パネル。  ドーム状の壁で覆われた『国』を照らす天井一面に張り巡らされたパネル型の人工太陽。  太陽という星の光を再現しているらしい。本物はあの天井の上、本物の空の更に上空、『宇宙』という空間に存在しているのだという。  いつか私もそこへ…。 「……ジュ…。おい!アンジュ!」 「ひゃ、ひゃい!」  唐突に名前を呼ばれ、裏返った声で返事をしてしまう。教官は呆れた表情でため息を吐き、クラス内で笑いが巻き起こる。 「授業中に外を眺めているとは、随分と余裕そうだな。次回の筆記試験は期待しておこう。」 「へ?い、いや!それは……!ごめんなさい……。」  前回の試験結果も散々だった事を知る教官は悪戯に笑ってくる。無論、次回の試験で期待に応えられる訳もなく、私は素直に謝った。 「まぁ、いい。授業はしっかり聞くように。……さて、切れもいいし歴史の授業はここまでにして、明日行う『国外視察演習』の詳細について話そう。」 「っ!」  教官の『演習』という言葉に教室の空気が変わる。  かく言う私も視線を教官へ向けた。 「ここ士官学校の生徒なら、将来は軍に入隊する者がほとんどだろう。その際に重要となってくるのが演習の成績だ。」  現在、星にいくつも点在する『国』を守っているのは国防軍という軍隊。そこに所属する軍人たちは日々私たちの生活、治安を守ってくれている。  そして、その国防軍の業務の一環であるのが、月に一回行われる『国外視察』だ。 「演習内容は以前説明した通り、国外の治安と状況確認。なに難しいことは無い。国防軍の人たちも同行する。というか、我々が同行させてもらう形だ。」  ヤレヤレと首を振った教官が言葉を続ける。 「演習…実践でも言える事だが、勝手な行動、命令無視は御法度だ!あと遅刻厳禁な!分かったか?」 「はい!」  教官の言葉に皆口を揃えて、弾むような返事をする。  国外へ出るのは初めてだから当然だ。  私自身も緊張と何とも言えないワクワクが心の中で渦巻いていた。 「と、いかんいかん。集合時刻を知らせてなかったな…。時間と場所についてだが――。」  教官が必要事項を伝えた後、終業の鐘が鳴り、解散となった。 「ねぇ、アンジュ。帰りどこかで食べて行かない?ザックが奢ってくれるって。」 「え?俺、初耳なん……むぐぐぐ…!」  帰り支度をしているとアネットちゃん、そしてクラスメイトのザックが席までやって来た。ザックが何か言いかけたけど、アネットちゃんの手によってその口が塞がれている。 ご飯かぁ、魅力的なお誘いだけど……。 「ごめん!今日は早く帰ってきてって妹たちに言われているんだ。」 「そっか。じゃあ、仕方ない……。」 「あぁ、仕方ない。委員長!俺と……。」 「ご飯の話は無しね。それじゃあ、またね。明日の演習頑張りましょう!」 「え?委員長?ちょっと待ってくれよ!委員長!」 先約がある事を話すと、アネットちゃんは挨拶をして教室を出て行く。その後を慌てて追いかけるザック。あの2人のやりとりを見ていると微笑ましくて、演習の緊張が和らいだ気がする。 「さて、私も帰ろう。」
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