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「思ったより平和だな。」
演習開始から20分。ザックが伸びをしながら言葉を吐く。
「そうね…。スラムって言うくらいだから住民同士の争いが絶えないものだと思っていたけど、割と普通に生活しているのね。」
「いや…瘴気の中でマスクしないで生活ってのは普通か?」
「あはは…。住民からの苦情も、配給が少ないって事ぐらいだね。もしかしたらこの国のスラムが平和なだけかも…。」
分担して当たっていた聞き込みも終わり、あとは教官が戻ってくればこの区の仕事は完了となる。
ザックの言うとおりここは平和だ。授業で習ったスラムはもっと荒れ果て、略奪と殺戮が日常的に行われる無法地帯だったが、それが嘘に思える程。
ただ時折、背中に感じる刺さる様な視線だけは、ここが安息の地でない事を物語っていた。
「それにしても教官遅いね。集合場所ここのはずだけど。もしかして迷って――。」
「おい!どこ見て歩いてんだ!」
「……すまない。」
「てめぇ、ここらじゃ見ねぇ顔だな。へへ、詫びついでに食い物置いていきな。そしたら見逃してやるよ。」
突然の喧騒。声のする方を向くと、厳つい男の人たちがマントを纏い、フードを被った人を囲んでいた。
「ちょっ…あれ不味いんじゃない?ザック!」
「え…いやいや!俺、喧嘩弱いし!」
「肝心な時に使えないわね!」
「っ!」
二人が言い争っている中、私は動いた。いや、動いてしまった。
昔からの悪い癖。考えるより先に身体が動いてしまう。シスターには無鉄砲や脳筋と、よく怒られた。でも仕方ないじゃん!助けなきゃって思ったらもう足が動いているんだもの!
「ああん?なんだこのガキは。こいつを庇うつもりか?痛い目見たくなかったらとっとと失せな!」
ほらぁ!我に返った時には、もうフードの人と厳つい男の人の前に割り込んじゃってる!
そこまで動いておいて、何の考えも解決策も脳裏にはない。頭の中は真っ白。私はただ「咄嗟の行動力がある」だけなのだ。
「おいガキ!聞いてんのか!?それとも痛い目見ねぇとわからねぇか!」
っ!殴られるっ……。
「教官!こっちです!」
走馬灯が見え始めた時、聞き慣れた声が響き渡った。これは…アネットちゃん?
「くそっ!覚えてろよ!」
次に聞こえてきたゴロツキの捨て台詞に目を開ける。解散して行くゴロツキ達の背中が見えた。あれ? 私、助かったの?
「ありがと。助かったぜ。……あんた、名前は?」
「え?えと……アンジュ、です…。」
「アンジュ、か。いい名前だ。」
ぽんっ。と頭に乗せられる温かい手。見上げるとフードの人が、私の髪をくしゃくしゃに撫でている。
「またな。小さなヒーロー。」
頭を撫でるのもそこそこに、フードの人は手をヒラヒラと振りながら、野次馬の中へ消えて行った。
「アンジュ!……よかった。大丈夫?怪我はない?」
今度はアネットちゃんとザックが野次馬の中から飛び出してくる。
「あれ?教官は?」
「ハッタリよ。まだ戻ってきていないわ。まったくどこにいるのかしら…。」
「さすがクラス委員長!頭の回転が違うな!」
「何もしてないあんたが言うな!」
もうお約束となった二人のやり取りに安心感を覚えながらも、さっきのフードの人のことが気になった。
「さっきの人もスラムの住民か?絡まれるなんてツイてないな。」
「ううん、違う……。スラムの人じゃないと思う。」
「え?どうして?」
「シャンプーの匂いがした…。」
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