第1話 死んだ世界に生きる人々

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「どういう事だよ!ケモノは居ないんじゃないのかよ!」 「し、知らないわよ! そんな事!」  ザックとアネットちゃんが言い合いを始めてしまう。  駄目だ。2人とも錯乱している! まずは隊長の所まで戻らないと! 「アネットちゃん! ザック! 落ち着いて! 集合場所に向かっ――。」 「門の方へ逃げろぉぉ!」  精一杯の大声を上げるが、押し寄せる人の波と怒号にかき消されてしまう。 「アネットちゃん! ザック! っ!」  目の前にいた2人の姿も見えない。私は人の波に押し倒され、自分の急所を守るのに必死だった。  やがて地面の揺れが収まり、人の叫び声が遠く聞こえる。 「っ! 痛ったぁ・・・。」  全身が痛いが、運良く生きている。  急いで周りを見渡すが、2人の姿は無かった。  変わりに遠くからゆっくりと近づいてくる大きな影。 「はっ…はぁ……!」  無意識に口が震え、息が上がる。  毛…なの? 大きな影は全身が黒く長い毛のようなものに覆われている。  その毛の隙間から除く2つの目が赤く不気味に光っている。  あれがケモノ……?  影は一歩、また一歩と近づいてきた。近づくにつれてその大きさに私は驚愕した。  大人の人より大きい…。  人は追い詰められると以外にも冷静になれるらしい。  毛に隠れた裂けた口には鋭い牙が並び、四肢の先の刃物のような爪。  何より私なんかじゃ、敵うはずもない事を簡単に推測できた。  推測したから何か変わる訳でもない。もうそのケモノは私の目の前にいる。   脚がすくみその場にペタリと座り込むと、目線の高さ、もうすぐそこにケモノの口。  強烈な血の臭いにむせ返りそうになる。  あぁ…私、ここで死ぬんだ……。  生まれて初めて死を実感する。  身体に力が入らない私に唯一、声が聞こえた。 「…ん…お……さ……。」  最初は幻聴だと思った。でも、その声は確かに私の耳に届く。私は声に集中する。 「お母さん! お父さん! どこー!」 「っ!」  女の子の泣き声。私の斜め前。数十メートルの距離に、その姿を確認できた。  ララ、リリと同い歳くらいの女の子。  迷子? でも、なんで女の子がスラムに。  いや…それよりも。 「ッ! グルルル……。」  ケモノが女の子に気付いた。が、すぐ私の方へ向き直る。  あぁ、そっか…。あの子はいつでも襲える。先に私を襲った方が得だもんね…。 「……。」  でも、私が食べられたら次はあの子・・・。私が食べられている間に、あの子が逃げられる可能性は低い。周りにも助けてくれる人はいない。  じゃあ、私が死んだら、あの子も…?  ……させない。まだ死ねない!  固まった身体に血が通い始め、熱が戻る。  私の変化に反応したケモノが大きく口を開き、噛み付いてくる。私は寸での所で避けた。まぐれ。ケモノの大きな牙が左腕を掠めるが、今はそんなの些細な事だ! 「はあぁぁぁぁ!!」 続けてナイフを引き抜き、隙を見せたケモノの下顎に深く突き刺した。 「グギャァァァ!」  ケモノは苦痛の鳴き声を上げて怯む。  今だ! 私は女の子の方へ走り出した。  ケモノが怯んだ隙に女の子を連れて離脱。  例え追いつかれても、人のいる所まで辿り着ければ十分。少なくとも、あの子が殺される確率はグッと下がる。 「大丈夫だよ! 一緒に逃げよう!」  女の子の所まで辿り着き、小さな手を握ると、少し震えながらゆっくりと立ち上がる。  良かった、腰は抜けていないみたい。後は人のいる所まで──。 「グルルアァァァ!」 「っ!」  ケモノの鳴き声に、咄嗟にハンドガンを取り出すが、に手を弾かれ、ハンドガンが遠くへ飛ばされてしまう。 「何…あれ……!」  ケモノの口から伸びた長い舌。その先端は人の腕のような形をしていて、5つに分かれた指を開閉している。  一言で言い表せば、不気味。その異形の器官が私に向けられる。  あぁ…駄目だ。万策尽きた。  天使様にもなれないまま。一つの命も救えないまま。  今度こそ死ぬ……。 その時だった。 「選手交代だ。小さなヒーロー。」
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