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「どういう事だよ!ケモノは居ないんじゃないのかよ!」
「し、知らないわよ! そんな事!」
ザックとアネットちゃんが言い合いを始めてしまう。
駄目だ。2人とも錯乱している! まずは隊長の所まで戻らないと!
「アネットちゃん! ザック! 落ち着いて! 集合場所に向かっ――。」
「門の方へ逃げろぉぉ!」
精一杯の大声を上げるが、押し寄せる人の波と怒号にかき消されてしまう。
「アネットちゃん! ザック! っ!」
目の前にいた2人の姿も見えない。私は人の波に押し倒され、自分の急所を守るのに必死だった。
やがて地面の揺れが収まり、人の叫び声が遠く聞こえる。
「っ! 痛ったぁ・・・。」
全身が痛いが、運良く生きている。
急いで周りを見渡すが、2人の姿は無かった。
変わりに遠くからゆっくりと近づいてくる大きな影。
「はっ…はぁ……!」
無意識に口が震え、息が上がる。
毛…なの? 大きな影は全身が黒く長い毛のようなものに覆われている。
その毛の隙間から除く2つの目が赤く不気味に光っている。
あれがケモノ……?
影は一歩、また一歩と近づいてきた。近づくにつれてその大きさに私は驚愕した。
大人の人より大きい…。
人は追い詰められると以外にも冷静になれるらしい。
毛に隠れた裂けた口には鋭い牙が並び、四肢の先の刃物のような爪。
何より私なんかじゃ、敵うはずもない事を簡単に推測できた。
推測したから何か変わる訳でもない。もうそのケモノは私の目の前にいる。
脚がすくみその場にペタリと座り込むと、目線の高さ、もうすぐそこにケモノの口。
強烈な血の臭いにむせ返りそうになる。
あぁ…私、ここで死ぬんだ……。
生まれて初めて死を実感する。
身体に力が入らない私に唯一、声が聞こえた。
「…ん…お……さ……。」
最初は幻聴だと思った。でも、その声は確かに私の耳に届く。私は声に集中する。
「お母さん! お父さん! どこー!」
「っ!」
女の子の泣き声。私の斜め前。数十メートルの距離に、その姿を確認できた。
ララ、リリと同い歳くらいの女の子。
迷子? でも、なんで女の子がスラムに。
いや…それよりも。
「ッ! グルルル……。」
ケモノが女の子に気付いた。が、すぐ私の方へ向き直る。
あぁ、そっか…。あの子はいつでも襲える。先に私を襲った方が得だもんね…。
「……。」
でも、私が食べられたら次はあの子・・・。私が食べられている間に、あの子が逃げられる可能性は低い。周りにも助けてくれる人はいない。
じゃあ、私が死んだら、あの子も…?
……させない。まだ死ねない!
固まった身体に血が通い始め、熱が戻る。
私の変化に反応したケモノが大きく口を開き、噛み付いてくる。私は寸での所で避けた。まぐれ。ケモノの大きな牙が左腕を掠めるが、今はそんなの些細な事だ!
「はあぁぁぁぁ!!」
続けてナイフを引き抜き、隙を見せたケモノの下顎に深く突き刺した。
「グギャァァァ!」
ケモノは苦痛の鳴き声を上げて怯む。
今だ! 私は女の子の方へ走り出した。
ケモノが怯んだ隙に女の子を連れて離脱。
例え追いつかれても、人のいる所まで辿り着ければ十分。少なくとも、あの子が殺される確率はグッと下がる。
「大丈夫だよ! 一緒に逃げよう!」
女の子の所まで辿り着き、小さな手を握ると、少し震えながらゆっくりと立ち上がる。
良かった、腰は抜けていないみたい。後は人のいる所まで──。
「グルルアァァァ!」
「っ!」
ケモノの鳴き声に、咄嗟にハンドガンを取り出すが、何かに手を弾かれ、ハンドガンが遠くへ飛ばされてしまう。
「何…あれ……!」
ケモノの口から伸びた長い舌。その先端は人の腕のような形をしていて、5つに分かれた指を開閉している。
一言で言い表せば、不気味。その異形の器官が私に向けられる。
あぁ…駄目だ。万策尽きた。
天使様にもなれないまま。一つの命も救えないまま。
今度こそ死ぬ……。
その時だった。
「選手交代だ。小さなヒーロー。」
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