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「それで、カフェの中山くんは振ったのね?楓くんとは相変わらずラブラブなの?」
「うん」
「まぁ、楓くんに勝てる男なんてこの世の中には居ないわね」
「うん……」
「あー!弥生ってば羨ましすぎる!この!」
友達の香乃に頭をくしゃくしゃにされる。あれから、楓が出ているドラマを見るのが恥ずかしくなってしまった。私だと思ってるだなんて言うから意識して見てしまうからだ。でも最近は仕事が忙しくて全然会えていない。
「彼氏がさ、浮気してるのよ!」
悲しそうな目で香乃は言う。
「え?そう言ったの?」
「違うけど、彼の家に歯ブラシが2本あったのよ!」
「香乃のものじゃなく?」
「うん……」
「まだ彼氏には聞いてないんでしょ?」
「うん、怖くて聞けない。弥生も気をつけなよ?歯ブラシチェックした事ある?」
「ないな」
「一般人同士でもこんな事あるんだから、芸能人の周りなんて美人さんばかりなんだからさ、気をつけなよ!」
「うん、分かってるよ」
楓に限ってそんな事……って思うけど、その不安はいつも心のどこかにはある。とりあえず、歯ブラシチェックをしてみるか?今日は少しだけ早く終わると言っていたはず。私は楓が帰って来るまで、マンションの下で待つ事にした。
「くしゅん!」
少し小雨が降っているから肌寒かった。変装なんてしてないし、こんな所で待っていたらきっと困るかもしれない。私はマフラーを巻いてなるべく顔を隠した。
車が停まる音と、パシャパシャという足音が聞こえてきて顔を上げた。
「弥生?何してるの?」
「楓……やっと帰って来た。良かった」
彼はキョロキョロしながら、私の体を掴んでマンションの中へと入って行った。
頭に勢いよくドライヤーを当てられる。楓が怒った顔をして口を開いた。
「何、勝手に会いに来てるんだ?」
「だって、会いたかったもん」
「来るならちゃんと連絡くれればいいのに」
だって、突然じゃないと歯ブラシチェック出来ないじゃんか。
楓がドライヤーを戻しに行った隙に、歯ブラシを確認してみる。彼のと私のしかなかった。
とりあえず良かったな〜と胸を撫で下ろした。
「俺、明日早いからもうお風呂入るけど」
「ごめん、急で。会えただけで良かったからもう帰るよ。じゃあね」
「待て!終電もないのにどうやって帰るんだよ?」
「あーそっか……」
楓、疲れてるのにあまり迷惑かけれないよ。
「今日は泊まっていいから」
そう言うと頭をふわっと撫でてくれた。
「弥生、何でそんな隅っこに居るんだよ?」
「だって明日早いでしょ?私の事気にせず寝ていいから」
彼の腕が私の腕を掴み、自分の方に引き寄せてぎゅっと抱き締めた。久しぶりの温もりだ。この腕の中も私だけのものではない。
「来週、海外に行く事になった。映画だけじゃなくて写真集とかの撮影も兼ねてだから、2ヶ月ぐらい帰れない」
2か月も?寂しいな。
「そっか、仕方ないね。頑張っておいで」
「行く前日、早く帰ってくるから会える?」
「うん、会いに来る」
両頬を大きな手のひらが包み込み、彼の唇が私を包み込む。首筋に吐息がかかると背筋がゾワッとした。
「ひゃぁ!くすぐったい!」
「お前は本当に色気がないな」
私がほっぺを膨らませてぶーたれてると、またキスを重ねてきて
「好き」という囁き声が鼓膜を揺らした。
カーテンから注いだ朝日で目を開ける。
隣の彼はもう居ない。
テーブルには置き手紙ともう一つ……
〝仕事行ってきます。弥生はゆっくりしてっていいから。その合鍵やる。 楓〟
「合鍵……」
私はその鍵を光に当ててから、胸の前でぎゅっと抱き締めた。嬉しくて口元が緩んだ。
「彼を信じよう」
そう思いながら、その宝物をポケットへ仕舞い込んだ。
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