私の彼は芸能人

5/6
前へ
/6ページ
次へ
「今から行っていい?」 「いいよ」 楓が海外に旅立つ前日、私はご飯でも作ってあげようとエコバッグを提げ、グラサンとキャップをして歩いていた。ポケットには合鍵。2か月間会えなくなるけど、彼は頑張ってくるから信じて待っていよう、そう決めていた。 空は薄暗くなっていて、街灯がぼんやりと灯っている。 エレベーターを下りて、彼の部屋へ向かうとポケットから合鍵を出す。その時、中から声が聞こえてきた。 「おい、どけよ!」 「何焦ってんの?」 楓の声と、もう1人は…… ドアに手を伸ばすと鍵が開いていた。私はゆっくりとドアを開ける。 目の前の光景を見て、持っていたエコバッグを落としてしまった。叫ぶ事すら出来なかった。 「弥生!ち、違うんだ!」 フローリングに座り込んでいる楓の上には、女の人が跨っている。その女の人の胸元は肌けていて下着が見えていた。ブラウンの髪は艶やかに輝いていて、その顔は色白で美しく、妖艶だった。私なんかとは比べものにならないぐらい整っていて綺麗だ。 「誰?あんた?」 その女が楓に跨ったまま、私を睨みつける。 あぁ、やっぱり……私なんか釣り合うわけがなかった。 私は何も言わず、その場から逃げ出した。 知らない内に外は雨が降り出していた。濡れても何も感じない。どこを歩いていて、どこに向かっているのかも分からない。頬は涙粒か雨粒かも分からないぐらい濡れていた。 あの光景が頭を占領している。 信じたくない。 でも、あの状況。 楓の上に胸をあらわにした女の人が跨っていた。2人はそういう関係なのだ。 信じたくないけど、あれが真実だ。 やっぱり、彼は私だけの楓では無かった。 どうして今まで気が付かなかったんだろう。 彼は大人気アイドルで期待の新人俳優で、恋人にしたいランキング1位で。どう考えても、一般人の私なんかと釣り合わない。上手くいくわけがないんだって。 彼が「好き」って言ってくれる度に舞い上がって、信じようなんて思っていた私は本当にバカだ。彼は優しくて、ずっと「別れよう」って言えなかったんだね、きっと……。 体と心は凍る様に冷えきっていて、知らない内に自分のアパートへと戻って来ていた。体温が奪われて足先まで冷えていたからお風呂に入りたい。私を温めてくれる人はもう居ない。スマホを机に置くと、楓からのLINEと着信が来ているのに気付く。それを見る事なく、私はシャワーを浴びに浴室に向かった。 楓は明日海外に旅立つ。別れるにはちょうど良かった。2か月もあればきっと忘れられると思う。涙が白い枕にシミを作ったが、気にする事なく瞼を閉じて布団を被った。 コツン コツン ん? 窓に何かが当たる音。 コツン! コツン! 小石?誰かが窓に向かって投げてる? 「弥生!弥生!」 その声に目が覚める。布団を勢いよく剥いで、明るくなった外を見つめた。眩しい日差しが目を焼く。窓の外には知っている男の人がこっちに向けて何かを叫んでいる。 私は窓を開けた。   「弥生!」 「楓?」 そこにはスーツケースを右手に持った楓の姿があった。
/6ページ

最初のコメントを投稿しよう!

67人が本棚に入れています
本棚に追加