67人が本棚に入れています
本棚に追加
「どうして来たのよ!」
私は窓の向こうの彼に叫ぶ。
「お前が電話もLINEも無視するからだろ!」
「楓のバカ!二股かけやがって!」
「だから、違うって言ってんだろ!」
「何が違うのよ……」
昨日の光景が頭をよぎり、涙が滲む。
「とりあえず、下りてこい!ブサイク!」
「はぁ?!」
「お前は背も小さいし、短気だし、色気も無い。こっから見てもブサイクだ!だからこっちに下りて来て顔を見せやがれ!」
「何ですって!言われなくても下りてやる!」
私は頭に血が上り、大急ぎでパジャマのままアパートの階段を下りていった。
ムカつく!楓のやつ!
最後の段を下りるのと同時に、腕を強く引っ張られ彼の腕の中に包まれた。
「なっ!!」
私はもがいたが、力が強くて逃げ出す事が出来ない。
「Blue Oceanの楓くん、野次馬に見られてるよ?週刊誌に撮られるよ?」
「関係ねーよ。ごめん、ごめんな、弥生」
「あの女と二股かけてたんじゃないの?」
「違うんだ。弥生が来る前に相談があるって部屋に来て、襲われたんだよ」
「襲われた?」
「付き合ってって言われて押し倒されて、それで……」
「そんなの信じられないよ……美人に襲われたら普通、嬉しいんじゃない?あの子の方が楓には合ってる。こんなブサイクな私よりも」
彼の抱き締める力が強くなる。
「ブサイクなわけねーだろ!それにお前以外の女にあんな事されても何も思わない」
「私なんて背も小さいし、短気だし、色気も無いんじゃないの?」
「あー、もう!分かんないのか!」
背中に合った手が離れ、私の両頬を包んで彼の唇が優しく触れた。
「なっ?!」
「弥生が大好きだ。お前じゃないとだめだ。お前が居ないとだめだ。お前が世界一可愛い。お前を世界で一番愛してる」
私たちの周りには野次馬がうじゃうじゃいて、週刊誌の記者たちがカメラを構えていて騒然としていた。
こんな素敵な告白は初めてだった。胸の奥がキュンと音を立てて騒がしいし、顔が一気に熱くなる。彼の目は一途に私の目を捉えていた。
〝世界で一番愛してる〟
こんなにクサイ台詞、楓だから許せるんだからね。でもすごく嬉しい。私だって……
「本当にバカなんだから……こんなみんなの前で。私だって楓じゃないとだめ。楓を世界一愛しているよ」
彼がニカッと爽やかな笑顔を見せると、私も微笑んで彼の胸にしがみつく。周りに見られようが、撮られようが、もう関係ない。ざわざわする観客の中、熱く深いキスを交わす。まるでそれは何かのドラマのワンシーンの様。
「おい!そこの記者!よく撮っとけよ?朝の大ニュースだからな」
そう叫んだ彼は私の肩を組み、その記者に少し歩み寄る。
「Blue Oceanの楓はこいつを嫁にする。香坂弥生と結婚する。今日からこいつは婚約者だ」
「はぁ?ちょっと!」
カメラの嵐の中、記者たちが私たちを囲もうとした時、楓のマネージャーの車がゆっくりと入ってくる。
「楓、早く!遅刻するぞ!さぁ、婚約者のあなたも乗って!」
私たちは急いで乗り込み、車は人波を抜け走り去る。ミラーにはたくさんの記者と野次馬たちが映っている。
何これ?すごい!ニュースで見た事ある光景だ!やっぱり、楓って芸能人なんだな〜と改めて実感する。心臓がバクバクする。もう朝からパニックすぎて頭が回らない。
「弥生、俺、頑張って行ってくるよ」
私の頭を撫でた手が私の右手を繋ぐ。私は頷いてから彼を見つめた。
「帰ってきたらちゃんとプロポーズするから。こっちで弥生も頑張って。そして、俺の事を信じて待っていて欲しい」
「うん、待ってる。楓、頑張っておいで」
嬉しさと悲しさで涙が止まらない。彼の指が頬を拭うと、私たちは別れを惜しむ様に抱き締め合った。
「ゴホン!お取込み中申し訳ないですが……弥生さんにはアパートを用意しましたので、楓が帰ってくるまでそこで暮らして下さい。マスコミから逃げる為です。勤務先のカフェには休暇をお願いしてありますから」
「マネージャーさん、アパートまで?!あ、ありがとうございます!」
「いえいえ、これからも楓をよろしくお願いしますね」
「は、はい!こちらこそよろしくお願いします!」
この後、私は用意されたアパートへと送られ、楓と別れた。アパートの部屋は食べ物やら色々と用意がしてあり、何かあった時の為に右隣の部屋にはボディガード、左隣の部屋には家政婦さんが住んでいた。帰ってくるまでなるべく出掛けない様に、と家政婦さんに言われた。
なんか、とんでもない事になってしまったな。
でもそれなりに楽しく過ごす事に決めた。
2か月後、楓は仕事から無事に帰ってくる。私は彼のアパートに一緒に住む様になり、私たちの新しい生活が始まった。後日、私たちは籍を入れて夫婦となった。楓は結婚報告の記者会見をして、それがニュースで話題となる。
初主演の映画「記憶の扉をノックして」も大ヒットを飛ばし、ますます楓は仕事量が増えた。
私たちは少し変装はするものの、ようやく手を繋いで外を歩ける様になった。記者たちに撮られる事もあるが、夫婦になったのだからもう隠さなくてもいいんだ。
こんな日が来るなんて思ってもみなかった。
野次馬は群がるが、好きな人と一緒に街中を歩き、スーパーで買い物して一緒の家へと帰る。
彼氏が芸能人だなんて本当に大変だった。
でもそんな事は関係なくて、大好きな人と一緒に居れる事が何よりも幸せだと思う。
私は幸せを噛み締めながら、仕事に向かう彼といってきますのキスを今日も交わす。
「いってきます」
「いってらっしゃい」
私の夫は芸能人。
end
最初のコメントを投稿しよう!