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写真の彼にノックアウトした。
しばらく、床に倒れて身動きができないでいた。
「弥生?どした?」
写真の中の彼が目の前にいる。くしゃくしゃの茶色い髪、猫の様にまん丸なおめめ。長〜いまつげ。
やっぱり、カッコいい。
いや、可愛い?
この顔が、この表情が、この瞳が、
世の中のオンナどもの心を掴みまくって離さないのだ。
「いや、何でもない」
私は起き上がり、彼の写真集を閉じた。
「え?何?ダメだった?それ」
「いや、ダメじゃない。どれも最高なんだけどさ……普段の楓とイメージが違くない?」
「あー、それは理想のアイドル像ってのがあるんだよ。俺はBlue Oceanの中では可愛い系だからさー子犬っぽくしなきゃいけないんだ」
「これとか、そうだろ?」
彼が写真集のページをめくり、指を差して見せてきた。
その写真は萌え袖をして上目遣いをした楓の写真。背景はボヤッとさせた甘い感じ。
理想のアイドル像か。
大変なんだな、アイドルも。
「普段は口も、目つきも悪い、男臭い奴なのにね」
「ひどいな!」
意地悪そうな顔をしながら、私の背中へと腕を回しガバッと抱き締めてきた。
いい匂いがする。
これもイメージ作りのためなんだと思うとため息が漏れた。
彼の後ろのTVからは聴き慣れた音楽が流れてきて、画面には目の前の彼が映し出されている。
彼のアイドルグループ〝Blue Ocean〟の曲。つい口ずさんでしまいそうな爽やかな曲。
清涼飲料水のCM。そのペットボトルを口元に当て、爽やかに清々しく飲み干す楓。さっきの子犬ちゃんとは違うイメージだが、オンナ共はこの表情と仕草に胸キュンをするのだろう。
彼は、俳優もしている売れっ子。
今注目の新人?アイドル?俳優?なのだ。
「弥生、好き」
ブチュッと男らしく、キスをしてくる。
「あ、」と彼が口元を離した。
「何?」
「実はさ、映画の出演が決まってさー海外に撮影に行かなきゃいけないんだ」
「海外?」
「スペインなんだけど」
来年公開の映画「記憶の扉をノックして」、記憶を失くした女と一途に彼女を思う男のラブストーリー。注目作家の共作らしい。主演は楓と今注目の女優。
よく撮影で他県への移動はあるが、海外は初めてだ。
「すごいじゃん。主演なんて初めてだよね?頑張っておいで」
寂しいけど、寂しいなんて私には言えない。
彼はもう私だけのものじゃない。
「うん、頑張ってくる」
きっと私は今日も家で泣くんだ。
彼のキスシーンを見ながら泣く。
私の元をいつか離れていく彼の演技を見ながら、1人で泣く。
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