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呑箱局
みなさんおなじみの「どんそう」。
一年365日、一日も休まず稼働する「どんそう」。
この国最大級の株式会社「どんそう」。
「どんそう」というのは、「呑箱」のこと。
呑む箱、と書いて、呑箱。
何を呑むかというと、配達される手紙を呑む。
改めて言われると、何がなにやらわからなくなってきている方もいらっしゃるかと思いますので、もう少し丁寧に説明すると。
人は、遠くの誰かに何かを伝えたくて紙に書く。印刷する。
メールにすればいいじゃないかと思うようなものも、紙だとちょっと違う。
企業や役所、個人が、何か書いたもの、何か印刷したものを、送る。
請求書、領収書、お知らせ、広告、私信。
いろいろなものを送る。
どこから送るのかというと、町のそこかしこに立っている、皆さまおなじみ黄色い呑箱に投函する。
町に立っている黄色いあれの名前が、呑箱。
でも、各家庭にひとつづつついている手紙を入れるあれも、呑箱。同じ名称を使う。
手紙は、黄色い呑箱に出され、呑箱局によって運ばれ、最終的に各家庭の呑箱に届く。
手紙を差し出す黄色い呑箱。
昔は、円型呑箱が主流だったけれど、今はもっぱら角形。
まあ、形は素敵でも、なんでも効率重視の世の中。デッドスペースを多く作る円型は流行らない。
素材は、昔はどっしり金属製だったけれど、新設されるものはプラスチックが多い。これも、コストを考えてのことだろう。ちと、発想がつまらない。
まあ、そんな呑箱を通じて、人々は手紙を送る。
消費税が上がったので、呑箱料金は最近上がった。
嚢状が、一通84円。
堅紙が、一通63円。
大きさや重さによっても料金が変わるが、ざっとこの二種類。
嚢状というのは、便りを袋に入れたもの。「のうじょう」と読む。
堅紙というのは、硬めの一枚の紙。
通常、表に先方の住所氏名、差出人の住所氏名を、裏には内容を書く。「かたがみ」と読む。
堅紙は、町の呑箱局で1枚63円のものを買えば、書いてそのまま投函できるけれど、嚢状を出すには、忘れてはならないことがある。
「舌付(ぜっぷ)」という専用の小さな金券を貼り付けるのだ。
これが、一枚84円。
嚢状が25グラムを超えると、94円舌付を貼る。
「舌付」は、「ぜっぷ」というのが正式名称だけれど、「べろつけ」なんて言う人もいる。
由来は、字のまま。舌で紙片を舐めると、裏が糊になっていて、嚢状に貼り付けられるようになっている。でも、最近は衛生面も、見た目も考えて剥がして貼るだけの、シール式が主流。
呑箱を通して引き受けられた手紙は、仕分けされ、呑箱局のネットワークを使って、国内各地、それから、海外へも運ばれるのだ。
そして、最終的には僕たち呑箱局員の手で、あて先の各家庭の呑箱へ投函される。
僕の名前は、南並尚。
七草呑箱局機動部に勤務している。
おなじみの黄色いバイクに乗って、手紙を各家庭に配る呑箱局員だ。
っと。
「お父さん、パソコンで何書いてるの?」
「あ、春緒。小説だよ。こないだ言ってた」
「呑箱局のこと?」
「そうそう」
「へえ。遂に始めるんだ。私、出てくる?」
「うん。多分」
「帰ったら読ませてよ」
「うん。もう学校だよね」
「そ。行ってきます」
「行ってらっしゃい」
娘の春緒は、高校1年生。
公立の農芸高校の畜産科に通っている。
1年生の実習の鶏の飼育は当番制になっているらしく、今日はちょっと早い登校だ。
さて。
これから、少しずつ、僕の毎日を書いていこうかなと。
その前に、僕も朝ごはん食べないと。
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