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四人と音楽
「朝倉、よく聞いてくれた。俺は、モーニング娘だよ」
「え?今もですか?カウパーさん」
「うん。デビューの時から、ずっと」
「全盛期ならまだしも。ちょっとすごいですね。あれ?カウパーさんは、独身でしたっけ?」
「そ。そ。だからさ、すごいだろ。俺、モー娘、一穴主義」
「モー娘って言ってる時点で、一穴じゃないですけど」
「あはは。気にしない気にしない。もう音楽はね、モー娘だけで充分。一途で行かなきゃ。一途で」
「ひゃあ」
「朝倉。俺のこと、尊敬した?だははははは!」
音楽の話題かあ。
僕は、イカのゲソ揚げをつまんだ。
僕たち4人は、居酒屋の卓を囲んだのだ。
野火さんは、しばらく禁酒していた。こうして一緒に飲むのは久しぶり。
朝倉君は初めての参加。
「野火さんは?」
「ああ。野火さんは、いろいろ聴いてますよね。なんか知らない外国のやつ。洋楽」
「あはは。カウパー。確かにモー娘一本のカウパーよりはいろいろ聴いてるけど、でも、大したもんじゃないよ」
「あ。そうだ!朝倉。野火さんの息子さんは、プロのドラマーだぜ。まだ高1なのに。すげえんだ」
「え?マジですか!」
「ああ。うん。頑張って毎日叩いてたからね。よかったよ」
「すごい。バンドでやってるんですか?」
「うん。DAYLIGHT ALLEYっていう」
「DAYLIGHT ALLEY。へえ。ちょっと今度調べてみます。でも、じゃ、野火さんも楽器やるんですか?」
「いや。俺はなんもできない。楽器買ってはやって諦め、買ってはやって諦め。うち、ファゴットとか、あるよ」
「ファゴット!高いのに。何するつもりだったんですか?何の音楽?クラシック?」
「かっこいいと思ったんだよね。でも、ダメだった。音も出ない」
「ああ。勿体ない」
音楽の話題は盛り上がるんだ。楽しそう。
でも、僕は加われない。
「そういう朝倉君は?」
「あ。僕は、アメリカの古いの好きです。でも、なんでも。なんでも好きです、音楽なら」
「へえ。楽器とかは?なんかやるの?朝倉」
「あ。えっと。コンボのバンドの楽器だと、大抵できます」
「ええ!?」
「さすがに、ファゴットは無理ですけど。でも、やってみたいです。ファゴット」
朝倉君、すげえなあ。いいなあ。
「バンドとか、やってんの?じゃ」
「はい。週一ぐらいかな。ライブやってます」
「かっこいい」
「ははは。そうですか?好きなことしてるだけです」
「それがかっこいいんだよ。奥さん、いるんだよね。朝倉君、確か」
「はい。うちの奥さんも同じバンドですよ。ベース弾いてます」
「うらやましい」
うらやましい。
「あの。南さん?」
「あ。ん?何?朝倉君」
「いや。さっきから黙っちゃって」
「ああ。気にしないで。ゲソ揚げ、うまいね」
カウパーが手を挙げた。
「おかわり。生、4つ。で、いいですかね?みんな」
あ。はい。
「南さんはね。音楽、ちょっとあれなんだよ。ごめんね。南さん」
「いや。こっちこそ、ごめん。カウパー。飲もう飲もう」
「どういうことなんですか?差し支えなければ。南さん」
「え?ああ」
ううん。
「音楽聴くとね、気持ちが苦しくなるのね。逃げ出したくなる」
「え?なんですか、それ。ありえない」
「それがそうなんだから、しょうがない」
「例えば、今、ほら、音楽、BGMでかかってますよね。これ、ええと、これ、「涙そうそう」夏川りみだ。これ、平気ですか?」
「ああ。音楽と思って聞いてない。みんなの会話に集中するようにしてる。もし、ちゃんと鑑賞するように聴いたら、ダメ。もう」
「そんな」
「テレビでも、ほら、BGMで聞こえてくるでしょ。音楽のないCMもない。でも、僕は音楽として聞いてない。多分、観賞しようとして一対一になるとだめ。小学校の頃から」
僕は、新しく運ばれたジョッキのビールを飲んだ。
朝倉君は、びっくりした顔で僕を見ている。
「あの。すいません。根掘り葉掘り。あの。そんなに音楽嫌いで、よく今まで」
「朝倉君。嫌いじゃないんだよ。好きになりたいんだけど、できないんだ」
「ああ」
「あのさ、例えば、学校の遠足。楽しみでしょ。でも、絶対バスで酔う。絶対バスで吐く、って知ってたら?」
「ああ。憂鬱ですね。思う存分楽しめたらどんなに、って思う」
「だよね。そんな感じかな」
「あ。ああ。すいません。嫌い、っていうんじゃなくて。えっと、そんなに苦手で。で、よく今まで。学校通ってたときとか、いやでも音楽に取り組まないといけなかったこと、ありましたよね」
「うん。苦痛だったよ、小学校中学校の音楽の授業。中学では殆ど出てない。学校休んだりとか、保健室とか。高校の時は、そうだ。授業は選択しなかったけど、クラス対抗の合唱コンクールがあった」
「ああ。ありました。僕の高校も」
「1年の時は僕も取り組もうとしたんだよね。でも、同じ旋律が何度も何度も。もう、耐えられない。でも、クラスはすごい盛り上がってる」
「はい」
「放課後の練習の時、我慢して立ってたら、吐いてしまった」
「ああ」
「その次の日もおんなじ。そのまた次の日もおんなじ」
「はい」
「やっとまわりが、ホントに南は音楽、ダメなんだってわかってくれて」
「はい」
「2、3年の時は、欠席させてもらった」
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