四人と音楽

1/1
前へ
/100ページ
次へ

四人と音楽

「朝倉、よく聞いてくれた。俺は、モーニング娘だよ」 「え?今もですか?カウパーさん」 「うん。デビューの時から、ずっと」 「全盛期ならまだしも。ちょっとすごいですね。あれ?カウパーさんは、独身でしたっけ?」 「そ。そ。だからさ、すごいだろ。俺、モー娘、一穴主義」 「モー娘って言ってる時点で、一穴じゃないですけど」 「あはは。気にしない気にしない。もう音楽はね、モー娘だけで充分。一途で行かなきゃ。一途で」 「ひゃあ」 「朝倉。俺のこと、尊敬した?だははははは!」 音楽の話題かあ。 僕は、イカのゲソ揚げをつまんだ。 僕たち4人は、居酒屋の卓を囲んだのだ。 野火さんは、しばらく禁酒していた。こうして一緒に飲むのは久しぶり。 朝倉君は初めての参加。 「野火さんは?」 「ああ。野火さんは、いろいろ聴いてますよね。なんか知らない外国のやつ。洋楽」 「あはは。カウパー。確かにモー娘一本のカウパーよりはいろいろ聴いてるけど、でも、大したもんじゃないよ」 「あ。そうだ!朝倉。野火さんの息子さんは、プロのドラマーだぜ。まだ高1なのに。すげえんだ」 「え?マジですか!」 「ああ。うん。頑張って毎日叩いてたからね。よかったよ」 「すごい。バンドでやってるんですか?」 「うん。DAYLIGHT ALLEYっていう」 「DAYLIGHT ALLEY。へえ。ちょっと今度調べてみます。でも、じゃ、野火さんも楽器やるんですか?」 「いや。俺はなんもできない。楽器買ってはやって諦め、買ってはやって諦め。うち、ファゴットとか、あるよ」 「ファゴット!高いのに。何するつもりだったんですか?何の音楽?クラシック?」 「かっこいいと思ったんだよね。でも、ダメだった。音も出ない」 「ああ。勿体ない」 音楽の話題は盛り上がるんだ。楽しそう。 でも、僕は加われない。 「そういう朝倉君は?」 「あ。僕は、アメリカの古いの好きです。でも、なんでも。なんでも好きです、音楽なら」 「へえ。楽器とかは?なんかやるの?朝倉」 「あ。えっと。コンボのバンドの楽器だと、大抵できます」 「ええ!?」 「さすがに、ファゴットは無理ですけど。でも、やってみたいです。ファゴット」 朝倉君、すげえなあ。いいなあ。 「バンドとか、やってんの?じゃ」 「はい。週一ぐらいかな。ライブやってます」 「かっこいい」 「ははは。そうですか?好きなことしてるだけです」 「それがかっこいいんだよ。奥さん、いるんだよね。朝倉君、確か」 「はい。うちの奥さんも同じバンドですよ。ベース弾いてます」 「うらやましい」 うらやましい。 「あの。南さん?」 「あ。ん?何?朝倉君」 「いや。さっきから黙っちゃって」 「ああ。気にしないで。ゲソ揚げ、うまいね」 カウパーが手を挙げた。 「おかわり。生、4つ。で、いいですかね?みんな」 あ。はい。 「南さんはね。音楽、ちょっとあれなんだよ。ごめんね。南さん」 「いや。こっちこそ、ごめん。カウパー。飲もう飲もう」 「どういうことなんですか?差し支えなければ。南さん」 「え?ああ」 ううん。 「音楽聴くとね、気持ちが苦しくなるのね。逃げ出したくなる」 「え?なんですか、それ。ありえない」 「それがそうなんだから、しょうがない」 「例えば、今、ほら、音楽、BGMでかかってますよね。これ、ええと、これ、「涙そうそう」夏川りみだ。これ、平気ですか?」 「ああ。音楽と思って聞いてない。みんなの会話に集中するようにしてる。もし、ちゃんと鑑賞するように聴いたら、ダメ。もう」 「そんな」 「テレビでも、ほら、BGMで聞こえてくるでしょ。音楽のないCMもない。でも、僕は音楽として聞いてない。多分、観賞しようとして一対一になるとだめ。小学校の頃から」 僕は、新しく運ばれたジョッキのビールを飲んだ。 朝倉君は、びっくりした顔で僕を見ている。 「あの。すいません。根掘り葉掘り。あの。そんなに音楽嫌いで、よく今まで」 「朝倉君。嫌いじゃないんだよ。好きになりたいんだけど、できないんだ」 「ああ」 「あのさ、例えば、学校の遠足。楽しみでしょ。でも、絶対バスで酔う。絶対バスで吐く、って知ってたら?」 「ああ。憂鬱ですね。思う存分楽しめたらどんなに、って思う」 「だよね。そんな感じかな」 「あ。ああ。すいません。嫌い、っていうんじゃなくて。えっと、そんなに苦手で。で、よく今まで。学校通ってたときとか、いやでも音楽に取り組まないといけなかったこと、ありましたよね」 「うん。苦痛だったよ、小学校中学校の音楽の授業。中学では殆ど出てない。学校休んだりとか、保健室とか。高校の時は、そうだ。授業は選択しなかったけど、クラス対抗の合唱コンクールがあった」 「ああ。ありました。僕の高校も」 「1年の時は僕も取り組もうとしたんだよね。でも、同じ旋律が何度も何度も。もう、耐えられない。でも、クラスはすごい盛り上がってる」 「はい」 「放課後の練習の時、我慢して立ってたら、吐いてしまった」 「ああ」 「その次の日もおんなじ。そのまた次の日もおんなじ」 「はい」 「やっとまわりが、ホントに南は音楽、ダメなんだってわかってくれて」 「はい」 「2、3年の時は、欠席させてもらった」
/100ページ

最初のコメントを投稿しよう!

18人が本棚に入れています
本棚に追加