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トランペットケース(最終回)
「あ!西瓜がいる!」
そう叫んで、国際便出発ターミナルを走って行った春緒が戻ってきた。
「びっくりしちゃった。こんなところで会うとは思わなかった」
「西瓜君はどこ行くの?一人?」
「うん。ロンドンだってさ。一人。しばらく日本には戻らないんだって」
「すげえな」
「偶然旅立ちの日が同じになった」
「そうだね」
8月。
いよいよ春緒がナイロビへ旅立つ。
僕は春緒を送りに空港まで来たのだ。
「気を付けて行って来てね」
「うん。お母さんも来てくれると思ったんだけどな」
「空港で別れるのはつらいんだってさ。今はネットでどこでも繋がれるよ。大丈夫」
「そうだね」
「西瓜君も一人だけど、春緒も一人だ」
「うん。でも、大丈夫だよ。ナイロビまで直行便だしね。見送りありがとう。それから、ごめん。トランペットケースをよろしくお願いします」
春緒が僕に手渡したトランペットケースが喋った。
「わりいだな。世話になるだよ」
「もう少し早めに話してくれるとよかった。まさか出発前日に言われるとは思わなかった」
「すまねえだ。おらが春緒ちゃんに口止めしただよ。バツがわりいで」
肉体を失いデータ化されると話していた中村門堂は、最後に会ったカウパーのウェディングライブの時からずっと春緒のトランペットケースの中にいたらしい。
「世論は恐ろしいだよ」
「気にしてもしょうがない。大丈夫ですよ、山ちゃんの時代が落ち着くまで家にいてください」
「すまねえだ」
山ちゃんの時代で人間のデータ化に反対する世論が盛り上がり、計画を実施する機関に対し国は現在進行中のプランの一時凍結を求めたのだった。
国はコントロールドホールに留まる全ての人や物の総点検もすすめたため、中村門堂は山ちゃんに言われてこのトランペットケースに身を隠したらしい。
「ポケットインザホールっていうだ。ここはちっちぇえ穴だから見つからねえらしい」
「不幸中の幸いです。山ちゃんとも連絡取れてるんですよね」
「それは大丈夫だで。いずれ救出してくれると言ってるだ」
春緒がトランペットケースを撫でた。
「いろいろ相談に乗ってくれた。門堂さんは私にとっても大事な友人で、人生の先輩。お父さん、よろしくお願いします。時々連れ出してあげて。いつも家の中じゃ暇しちゃう」
「大丈夫。春緒、そろそろ時間だよ」
「うん。行ってくる」
「元気でね」
「春緒ちゃん、今までお世話になっただ。元気でな」
「はい。門堂さんも」
そんなわけで、10月。
僕たち地球神楽は、運動公園で行われる収穫祭の小ステージに30分間の枠を得ていた。
「ねえねえ、南さん。ほら、今年はバンド名だけじゃなくてメンバーの名前もパンフレットに載せてくれてる」
「あ。野火さん、久しぶりです。そうなんですよ。ちょっと嬉しいですね」
<地球神楽(ジャグバンド)>
リーマ(ボーカル)
はち(ギター、ボーカル)
カウパー(ウォッシュタブベース)
NOBI(カホン)
南並尚(ブルースハープ)
南真子(スチールギター)
TC中村(陣太鼓)
「TC中村!」
「あ。カウパー」
子供をおんぶしたカウパーが後ろから首を伸ばした。
今日はこのままステージに立つらしい。赤ちゃんが生まれて随分経つ。首もすわったようだ。
「TCはトランペットケースの略。芸名は中村さんが自分で考えたんだ」
「舞台にはトランペットケースがあるだけなんすよね」
「そう。流石に首だけの存在は表には出せない」
「ははは。しかもそこから陣太鼓の音」
「お客の反応が楽しみだね」
「楽しみだで」
トランペットケースだって喋っちゃう。
「ねえねえ。リーマさ、綿菓子初めてだってさ」
リーマを連れて屋台を歩いていたはっちゃんが戻ってきた。
リーマはケニアの女子高生。春緒と交換留学で日本にやって来て我が家に寝泊まりしている。歌が上手なリーマは、一年間僕たちのバンドのボーカルをはっちゃんと一緒に務めることになったのだった。
「そらの、くもの、ようです」
「あはは。リーマ、食べるの勿体ないって言うんだよ」
「いいんだよ。食べて。ライブ終わったら、あとでもう一つ僕がプレゼントするよ」
「お父さん、やさしいです。ありがとうございます」
それにしても家内が遅い。
「ごめんね。手が離せなかった」
家内は、祭りでお店を出した蕎麦サークルの係についていたのだった。
「お客途切れないみたいだね」
「おかげさまで。後で御馳走する」
「君の蕎麦も久しぶりだ」
「君って呼ばない。今日は真子で」
「はい。真子ちゃん」
出番になって僕たちは小ステージに立った。
カホンの野火さんの隣にはTC中村こと中村門堂在中のトランペットケースが置いてある。
「始めるよ。リーマ。よろしく」
「はい。お父さん」
リーマが声を張り上げた。
「よういはいいかな。それじゃげんきよく」
はい。
「いってみよう!」
<「どんそう!」終わり>
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