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豪雨の日
雨。
駅前の夏祭りは早々と中止が決定して、交通規制がなくなった分、呑箱物は配りやすいけれど、それにしても、雨。
この仕事に就いていると、無条件に嫌な雨。しかも、一日豪雨。
今は、昼休み。
「へえ。娘さんがくれたんですか?ハープ」
「そうそう。朝倉君に買ってもらったのと同じ日に、同じ店で買ったんだって」
「それは、奇遇。そっか。娘さんもハープがいいって思ったんですね。多分、僕の考えてたことは間違ってなかったんです。よかった」
「感謝するよ。あれ。でも、音の高さ違うね。娘がくれたのと」
「ああ。僕が買ってきたのは、Aです。多分、娘さんが買ったのは、Cじゃないかな」
「ああ。そんなこと、娘も言ってた」
「僕たちはセカンドポジションで使うんで。AだとE。CだとGです」
「ん?」
「あはは。わかんないですよね。簡単にいうと、殆ど吸って演奏するんです」
「へえ」
「それは、おいおい。なんか曲、やってるんですか?」
「あ。うん。「思い出のメロディー」。昔、幼稚園の卒園式で歌ったかな」
「え?どんなのですか?」
「いーつのーことーだか、おもいだしてごーらん♪」
「あ。歌ってる。南さん」
「うん。歌える。歌えるんだよ。昔の歌なら」
「「野生の馬」は?」
「だめ」
「ははは。でも、よかった。それ、「思い出のメロディー」完璧にできますかね」
「え?うん。殆ど覚えたから、できると思うけど」
「じゃ。お願いします。完璧に」
「はい。あ、そうだ。こないだ話してた時さ。一番好きな歌は何って」
「はいはい」
「思い出したよ。いっちばん好きだったやつ」
「そういう情報は早く」
「え?」
「何でもないです。で、なんですか?一番好きなの」
「電線音頭」
「おお!」
「知ってる?」
「知りません」
呑長が、メモを片手にやって来た。
「ああ。道祖神君、いる?」
「いや。さっき外から戻って来たから、まだ食堂だと思いますけど。どうしました?」
「お客さんから苦情。嚢状が濡れてるってさ」
「ああ。そりゃ。雨だもの」
「ね。こんなに降ってちゃ。豪雨だもの」
「雨降ってんのわかんないのかな。お客さん」
「濡れてるの嫌なんだろうな。まあ、そりゃそうだ。でも、こっちだって好きでやってるんじゃない」
雨濡れの申告か。
昔は、そんな苦情、なかったのにな。
ビニール袋を使ってうまく配っても、程度の差はあれ、どうしても濡れる。
そりゃ、そうだ。ビニール袋ごと手に持った呑箱物の束と、お客さんのお宅の呑箱との間は、屋外だ。それを扱う手だって濡れてる。
時間にして0コンマ何秒だと思うけど、豪雨ともなれば、ビニールから出した一瞬でびしょびしょになる。
ちょっとでも手こずれば、さらに。
「呑箱物を濡らさないように。ビニール袋を活用してください」
雨の日のミーティングでは、そんな風な注意を受けるけれど、具体的にどう使えと言われたことはない。でも、それはそうなのだ。
どんなに頑張っても、100%濡らさないで配ることなんてできないんだから。
上の人間だって、完璧なやり方を知ってるわけじゃない。現場任せ。
「一度自分で配ってみろってな」
「はい。配ってる僕たちが一番気分悪いのに」
綺麗な姿の呑箱物を届けるのが、僕たちにとっても気持ちいいに決まっている。
僕たちが雨の日を嫌がるのは、仕事がやりづらい、作業が増える、とにかく不自由、ということが原因だけれど、それよりも、お客さんに対して、いいサービスを提供できない不完全燃焼感の方が大きな理由だ。
そんな日は一日気分が悪い。
「あ。南さん。法則です。見つけました」
「ん?何?」
「苦情をいう奴は、絶対立場が入れ替わらない奴」
「ああ。なるほど」
「一度でも雨の中この仕事したら、濡れてるなんて苦情、言えません」
「だね」
それにしても。
「僕たち、くっせえな。毎日」
「しょうがないです。梅雨は、合羽で、蒸れて」
「蒸れて蒸れて」
「蒸れて蒸れて」
僕たちの体が濡れてるのは、雨じゃなくて、汗。
早く一日終わって風呂入りたい。
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