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春緒のバイト
「あれ?誰か来てたの?」
「あ。お父さん、お帰り。純ちゃんと長作ちゃん、来てた。中学の時のバンドの友達。夏祭り一緒に行くつもりだったけど、豪雨で中止になったでしょ。で、急遽」
「旧友再会」
「うん。3人で会うのは卒業以来。一緒に西瓜のフランスでのライブ観てた」
「ああ。すごいよね。その子。トランペットでフランスに招かれたんだって?」
「そうそう。あっちで日仏の同年代カルテット組んでね。ライブした」
「わあ」
「ピアノの子も元は鈴菜中だよ。荒井ちゃん。荒井ちゃんも西瓜も一段とうまくなってて、私ら言葉を失ってしまったよ」
「ふうん。それにしても」
居間のテーブルの上には、コンビニ袋に押し込まれた夥しい量の袋菓子の残骸。
「すげえなあ。流石、育ち盛りだね。お母さんは?」
「蕎麦打ちサークル」
「おお、今日か」
「うん。ご飯はできてるよ」
「はい。それにしても食べたね。お菓子」
「ちょ、ちょっと、お父さん。まだ座んないで。お仕事してきてこんなこと言ってすごく悪いんだけど、臭いです。先にお風呂を。是非」
「あ。そだ」
一日、合羽着て仕事してたんだった。
僕は、シャワーを浴びた。
「さっぱり。それにしても食べたね。お菓子」
「すごい。会話。ちゃんとそこから続き。切って貼りなおしたみたい」
「うん」
「ははは。ええとね。純ちゃんは演劇科。体使うから食うんだ。私は畜産だから力仕事も多いし。で、長作ちゃんは失恋のやけ食い」
「あらま。かわいそ」
「で。もうすぐストーカーになる」
「え?平気?」
「ふふふふふふふふ。私はそれのお手伝いをする」
「おいおい」
「ふふふふふふ。平気だよ。別れを切り出された理由が納得できないんでね。とことんお話しするように言ったんだよ。会えないなら手紙で。お互い大好きなのに別れることないじゃん」
「なんかよくわかんないけど、へえ。つうか、ほら。これ片付けてよ、とお父さんは言いたかった」
「あ。そか。ご飯用意するね」
「ありがと」
春緒は、「どっこいしょ」と、腰をあげた。
「どっこいしょ、やめて」
「ははは。あ、そうだ。お父さんに言わないといけないことが」
「何?」
「あのね。夏休み、バイトしていいですか?」
「え?なんの?」
「あ。うんとね。キリンの見回り。キリンの散歩経路を辿って、主にうんこを回収する。夏の間、市役所のキリン課の人が夏休み取るでしょ。人手が欲しいんだって」
「よくそんな仕事見つけてきたね」
「ああ。湯葉さんだよ、キリン課の。時々うちの学校にも来て乳牛部見てくれる。あ。キリンはね、分類学上は反芻亜目ってのに属してて牛とおんなじなんだよ」
「へえ。反芻亜目。じゃ、湯葉さんから直接?」
「そうそう。乳牛部の人がいいって。それに私、市内だし、土地勘もある」
「おお。成程ね。適役。いいよ。やって」
「ありがとう。でも、一つだけ条件があって」
「はい」
立ち上がっていた春緒は再び座った。
「バイク、なんですけれども」
「あ。そっか。見回りだから、ないとダメか」
「はい」
「貸してくれないの?」
「大きいのしかないんだよ。流石にいきなりは」
「そっか。それで欲しがってたのね。こないだから」
「それだけでもないんだけどね。通学も楽になるんだ、大分」
「はは。免許は?原付だよね」
「うん。明日取りに行きます。勉強はしてあるんだ」
「早っ」
「はは」
「前に約束したから、買ってあげるよ」
「やった。パパ、ありがと」
「パパ、って言わない。なんか、みたいだよ。欲しいのあるの?」
「えっと。私のスマホ、スマホ。あ。あった。ええと、これです。探したんだ、中古でいいやつ」
あ。
黄色い呑箱カブの払い下げだ。
「血は譲れない」
「丈夫で長持ち。燃費もいい。直しやすい。あと、でっかい荷台がある。うんこ回収ボックスが載せられないと」
「あ。なるほどね」
「いい?これで」
「うん」
「やった。うれしい。あ。そうだ」
「何?」
「私ね、お父さんにチャンスを上げられるかもだよ」
「なんの?」
「私の演奏を聴く」
「え?」
「今度、鈴菜中出身者で、OBバンドを作ります。ビッグバンドジャズ」
「ホント?」
「うん」
「そっか」
「今度は、絶対。来てね」
「うん」
「絶対」
「うん」
「来なかったらもう」
「なに?」
「どうしよう」
「え?」
「ええと。私に何されると、お父さん、一番悲しむ?」
「は?」
「一番悲しむこと、するから。こなかったら」
「はい」
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