3-4

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3-4

「ここだよね。野火さん」 「うん。あ、ほら、ポスターに朝倉君の顔。「3-4」だって。バンド名かな」 「だあ。こんな店、俺、初めて入るな。地下か。ちと何されるのか、こわい」 「カウパー、怖いものあんの?」 「俺は、臆病なんです。本来」 降りた駅から少し歩いて、商店街の中の小さな雑居ビル。 野火さんとカウパーと僕は、ライブ告知らしいポスターがべたべた貼られた薄暗い階段を下りて、地下のバーの扉を開けた。 20畳ぐらいの薄暗い空間に、壁に沿ってソファ。テーブルが5つあって、それを囲むように小さな椅子が置いてある。それと、カウンターの椅子が7脚ぐらい。 奥に作られた段差もないステージエリアから、おかっぱの小さな女の子が僕たちに気づいて手を振ってきた。白い丸襟のブラウスに肩吊のついた赤いスカートを穿いている。 小学生? 「いらっしゃい。みんなで来てくれて、うれしいです」 「あの」 「あ。私。朝倉の家内です。主人がいつもお世話になってます。よろしくお願いします」 「ええと」 「あ。大人に見えないですか?この歳になって、いまだ。あたしゃ悲しいよ」 奥さん? 「朝倉、ロリ」 しっ。カウパー。 「あ。南さん、野火さん、カウパーさん。いらっしゃい。わざわざありがとうございます。ちょっと南さんと打ち合わせしたかったんで、まだライブ始まんないですけど、早めに呼んじゃいました」 「いや。朝倉君。それより、奥さんって」 「あ。桃子です。よろしくお願いします。顔が丸いから、まるちゃんってみんな呼んでます。一応ベース担当です。うちのバンドはみんな、楽器掛け持ちですけど」 「えっと。いや、それより、なんてか。おいくつ?奥さん」 「あ。ああ。僕と同じですよ。変なこと考えないでくださいね。童顔なんです」 「童顔どころか」 「ははは。ちょっとコスプレ入ってます。 あ。他のメンバーも紹介します。あの。ほら、ピアノの前で難しそうな顔してるのが、花輪君。あの顔してる時は、大抵何も考えてません。アコーディオンとかピアノとか、いろいろやります」 長身の優男が、さらさらの髪を撫でつけてこちらに、にこりと会釈した。 はは。よろしく。 「で。あそこで、何も考えない顔でカホンに座ってるのが、浜地君。何も考えてないような顔して、何も考えてません。今日はカホンですが、ドラムの時もあるし。なんか、鳴り物全般。ギターの時も」 カホンと言うのは、浜地君が座っている箱のことらしい。叩くと鳴るんだろうか。 みんなで浜地君の方を向くと、浜地君はにっこり笑って、飲んでいたホッピーの瓶を嬉しそうに指さした。意味が分からない。 「で。ええと。僕が一応リーダーです。ギターとか、ウクレレとか、なんか。今日は、対バン形式で2バンド。そろそろ次のバンドのリハになっちゃうんで、早めに南さん、やっちゃいましょう」 「やるっても」 「あはは。いいからいいから」 「南さん。知ってる曲です。こないだ教えてもらったリストの中の曲。南さんが、小学校に上がる前に歌ってる。全然平気です」 僕は、MAJOR BOYを持ってマイクの前に立ち、やっぱりハープを持った朝倉君と並んだ。 野火さんとカウパーはカウンターに座って、ビールを飲みながら僕たちを眺めている。 「ハープ、あれ、練習しました?ちょっと強めに吸うと音が下がるの」 「あ。うん。やった。どの穴でもなるね」 「できましたか。よかった。その音を混ぜて、基本的には吸って下さい」 「うん」 「僕が初めにやります。その後、合図しますから、そこで大体の感じを真似してくれれば」 「うん。わかった」 アコーディオン担当と言われていた花輪君は、いきなりギターだ。 「それじゃ。浜地君」 カホンに座っていた浜地君がいきなり吠えた。 「ぎゃーおうおう!!」 それを合図に合奏が始まり、全員合唱だ。 「ゴンゴンゴンゴンゴンゴンゴンゴン、ゴーンゴーンゴーン♪」 知ってる、確かに、これ。「はじめ人間ギャートルズ」。 「はじめにんげん、ごごんごーん♪」 花輪君とベースのまるちゃんが歌うと、その後に、朝倉君がハープを短く吹いた。 「いしおのかついだ、ごごんごーん♪」 さっきとは違うフレーズで、もう一回、朝倉君。 成程、適当に、いい感じの音で合わせればいいのか。 「ちへいせんだよ、ごごんごーん♪」 朝倉君が、どうぞ、と手のひらを出した。 こうか? ぷぷぷぷう。 朝倉君。親指を突き出す。 「くもがながれる、ごごんごーん♪」 もっかい。ぷぷぷぷぷう。 朝倉君。ピースサイン。 「かぜがわたるよ、ごんごんごーん、がいこつだー♪」 間奏だ。 その位は分かる。 その間奏で、朝倉君はハープを吹き始めた。 アドリブソロってやつ?よく、春緒が言ってる。 長い。 成程、曲の頭から最後までを、自分の好きなようにやるわけか。 と思ったら、朝倉君が手のひらを差し出した。 え?できるわけないじゃん。 朝倉君を見ると、にっこり笑ってガッツポーズをしている。 えい。ままよ。 ぷううううううう。  ♪ もう、何をやったのか覚えていない。 覚えていないけれど、終わったら向こうで、野火さんとカウパーが手を挙げて拍手している。 朝倉君も、まるちゃんも、花輪君も、浜地君も、拍手してくれていた。 「ね。南さん。全然平気って言ったでしょ」
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