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七草呑箱局機動部の朝。 僕の所属する機動部は、黄色いバイクを使って、呑箱物を各家庭に届ける仕事を担う。 班が全部で4つあって、僕たちは第3班。 朝8時の始業ベルが鳴る前に、社員証を呑長席前にある10センチ四方の白い四角い箱、「ぴ」にかざすと社員の出勤が登録される。 間に合わないと、遅刻だ。報告が本社まで一瞬で上がるらしい。 今朝は、班長の高井さんと副班長の安井さんが遅刻しそうになったけれど、1分前になんとか、ぴ、に間に合った。よかった。 と思ったら。 「ほらほら。ほら。道祖神さん。ぴ、まだだよ。ぴ。早くして。早く!早く!」 カウパーが、呑長に言われている。 他の班の職員とだべっていて、ぴ、するのを忘れていたらしい。 「あーやべやべやべやべ!」 ほら、もう「ぴ」の前のデジタル表示は、8:00になってる。 8:01になったら、遅刻だ。 ぴ。 「間に合ったあああ!!」 だから、いちいちうるさいっての、カウパー。 まあ、遅刻にならなくてよかった。 遅刻ということになると、例え1秒でも、多大な余計な仕事が増える。 遅刻したものは呑長と対話して、遅刻の原因を聞かれ、指導を受ける。 指導した呑長は、指導対話書という書類をパソコンで作成しなければならない。 遅刻した本人は本人で、手書きの反省文を作成する。 反省文を渡された呑長は、見直して、指導対話書と一緒に最高呑長に渡し、ハンコをもらい、それを本社に送る。 多分各々職員が要する時間を全部足すと、1時間以上になるはず。 1秒の遅刻でも、この沙汰。 無駄をなくそう、というスローガンの反面、無駄を作り出してるのはスローガンを作ってる人たちなのだ。本社の上の方にいて現場なんか知らない人たち。いやあえて、現場を見たがらない人たち。 それにしても、カウパーは、始業の大分前から、ずっとそこにいるのにね。 でっかい声出しながら。 それをみんな見てる、知ってる。聞いている。 みんな知ってるのに、お前だけ知らないふりしてる、「ぴ」。 お前さ。 「ぴ」よ。 もう少し、こっちに寄り添おうよ。同じ職場で働くものとして。 もうちょっと、人を思いやる心があってもよかろう。 魚心あれば水心、っていうでしょ。お互い様じゃん。 「ぴ」の調子が悪い時、早く修理に出しましょうよ、って呑長に言ってたのはカウパーだよ。 ほら、掃除の人も忘れず毎日雑巾で君を拭いてくれている。 だから。 見て見ぬふりはやめようよ。 君が僕と同じ班の職員だったら嫌われるよ、きっと。 「ぴ」よ。 「時計のないころはゆるかったろうね」 野火さんが話しかけてきた。 「ああ。江戸時代以前ですかね。明治にはもう時計、あっただろうし」 「うん。日の出日の入りを基準に、時間を大体で割ってたんだよね」 「太陽、あの辺だから、出勤するかって」 「そうそう。太陽、真上だね。飯にしよう、とか」 「懐かしいですね」 「ははは。南さん。いつ、生まれたのさ」 大政奉還は、野火さんや僕が生まれる百年位前のこと。 時間は随分経っているようで、そんなに経っていないのだ。 僕が小さかった頃は、慶応生まれのお年寄りがまだ生きていた。 それなのに、現代。 僕たちは、こんな小さな立方体、「ぴ」に「モダンタイムス」のごとく操られている。 面白くない。面白くないけど、仕方ない。 「ぶあっくしょい!だははははは!」 カウパーのくしゃみだ。 「キリンは、いいよね。「ぴ」もない」 野火さん、呟く。 「自由ですよね」 僕たちの市に生息する7頭の野良キリンのことだ。 「うちの子、キリンの世話がしたいんですって、将来」 「え?春緒ちゃん。そうなんだ」 「はい。高校は畜産科」 「あ。それで。そっか。いいな。頑張んないとだね」 「はは。頑張ってますよ。今は牛相手ですけど」
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