隕石さん

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隕石さん

「いじめられてたなあ。そういえば。彼。俺の前いた所の局員だけど」 「やっぱ、あったんですか。いじめ」 「まあね。昔はどこでもあったよ。あからさまに」 昼の休憩、食堂から戻ると、再雇用職員の火野さんが呑メイトの横山君と西川君相手に昔話をしていた。 火野さんは、この局で定年退職を迎え再雇用2年目。 頭には毛が一本もない。眉毛もない。 通勤の際は、サングラスをかけ派手な柄のシャツを着ている。その筋の人にしか見えない。 でも、人あたりはやわらかで、そのギャップのせいか呑メイトの組み立ての女性達には大変人気がある。 火野さんの話を聞いている呑メイトの、横山君も西川君も、20代。 横山君は、白い眼鏡をしている。西川君は、髪をちょい染め。 どっちも今時の若者だ。 僕たち第3班の班員は、序列で行くと。 班長の高井さん。副班長の安井君。 野火さん。僕。カウパー。 再雇用の火野さん。 呑メイトの、朝倉君、横山君、西川君。 以上9人。 そのうちの出勤者6人で、5区域と、再配達・即急便担当を回している。 「まあ。仕事も遅かったんだけどね。どんくさかった。ミスも多いし。それでしょっちゅう班長にがみがみ言われてて」 「ああ。班長は立場上、言わなきゃしょうがない」 「うん。でもさ。あんまり仕事が遅いと座ってる椅子を台車で後ろから、がんがんがんって、やられてて」 「ひゃあ。厳しい。怖い。今じゃできない。パワハラ」 「だね。それでね。あるとき、配達出たまま失踪しちゃった」 「え?黄色いバイクで?」 「そう。午前中の配達に出て、そのままいなくなった」 「まじですか?」 「うん。今みたいに携帯もないでしょ。連絡の取りようがない。呑長も班長もおろおろしてね」 「ああ」 「やりすぎなんだよ。プレッシャーかけすぎ」 「まさか、火野さんがいじめてた?」 「馬鹿言うなって。俺は、いっつもフォローしてあげてた。俺、やさしいんだ」 「知ってます」 「それで、彼、その翌々日見つかったんだよ」 「おお。どこにいたんですか?」 「ずっと南の方。関門海峡越えた、その辺」 「ははは。ツーリングしてたんだ。呑箱物バイクにのっけたまま」 「まさに。それ。夜はちゃんと旅館に泊まって、風呂入って、お刺身天ぷらのお膳食って」 「がはははは」 「まあ。いろんな奴がいたよ」 それを聞いていた野火さんが、声を潜めた。 「ほら。火野さん。1班の隕石さんだって」 「あ。隕石君な」 隕石さんか。 僕と同年代の呑メイト。一昨年までいたかな。 やっぱり、あまり器用な方ではなかった。よく班長に叱られていた。 「野火さん、隕石さんって?そんな人いたんですか?」 「ああ。横山君。うん。大きな声出さないでね。もちょっと小声で」 「あ。はい。すいません。えっと、なんで隕石さん?」 「うん。よく独り言で、隕石落ちてこないかな、って呟いてたんだよ」 「え?」 「大気で燃えてなくなっちゃうレベルじゃないやつね、隕石」 「え?」 「恐竜とか絶滅させちゃう規模の奴。火星の大気を全部奪っちゃう規模の奴」 「なんでまた」 「いろいろ絶望してたんだろうな、今から思えば。俺は冗談だと思ってた」 「で。今はいない。辞めちゃった?」 「うん。辞めたというか」 「はい」 「無断欠勤。急に仕事来なくなって、携帯もつながらない」 「はい」 「しばらくして、警察から電話が来てね」 「はい」 「東尋坊で見つかったって」 「えええ!それじゃ!」 「生きてたよ」 「よかった」 「よかったよな。よかったんだ。よかったと思った」 「よかったです」 「今、どこでどうしてるんだろうな。隕石さんには隕石さんに向いた仕事があるんだよ。きっと」 「見つかってるといいですね」 「きっと。見つかってるよ。元気にやってる」 「そうですね」
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