西瓜君とはなきん

1/1
前へ
/100ページ
次へ

西瓜君とはなきん

春緒たちが結成したビッグバンド、THE SEVEN FLOWERS JAZZ ORCHESTRAのリハーサルが続いている。彼らのうちの半分は3月まで中学生で受験生だった。バンドはあまり練習の時間が取れていないため、多めのリハーサル時間が彼らには割り当ててある。 彼らは、このバンドとしての本番はこれが初めてらしい。 高校生らしい普段着を来たバンドメンバーたち。 トランペットの列に、春緒がいる。西瓜君もいる。 トロンボーンに長作さん。サックスに純ちゃん。 フランスから戻って来て、西瓜君も含めた日仏カルテットでコンサートをやった荒井さんが、ピアノを弾いている。今日は、彼女のお姉ちゃんのウェディングライブだ。 しかし、リハーサルだとしても、こんなビッグバンドを目の前で聴けるのは贅沢。 曲は、これ、聴いたことがある。なんて言うんだろう。 「Sing Sing Singだよ。南さん」 「あ。野火さん」 久々。 野火さんは、就農のための農業研修に集中するため、この3月で呑箱局を退職した。 元旦の賀正堅紙の配達以降、野火さんは年休の消化に入り、殆ど僕は顔を合わせていなかった。 「いいですね。ビッグバンド」 「ね。迫力が違う。やっぱり、ビッグバンドは生。西瓜君もいるね」 「え?知ってるんですか?」 「そりゃ、有名。フランスに行ってライブしたんだよね。家でも話に出る」 「僕はカルテットの凱旋ライブ聴きに行きましたよ、春緒と。よかった」 「へえ。南さんが。へえ。ライブを聴きに。へえ」 「ははは。成長しました。そーだ。でも西瓜君、高校まだ決まってないんですって」 「え?なんで?」 「それが」   * 昨日の夜。 「西瓜、高校入学の試験を受けてからフランスに行ったんだけどね」 「うん」 「本人も落ちるとは思わなかったらしい。合格確率80%。県立よろず総合高校。よろ総」 「ああ。聞いたことあるよ。よろ総」 「うちの中学から行く子、結構多いんだ」 「へえ。で、なんでまた落ちたの?西瓜君、お腹でも壊した?」 「ううん。お父さん、花守金星って知ってる?はなきん」 「うん。アイドルだよね。はなきん。名前は聞いたことがある」 アイドルグループの一員だ。なんて名前のグループだっけか? 「イエイエマジックのはなきん」 「そうだそうだ。イエイエマジック」 「その子がね、そこを受けるって情報がわあ、っと流れたんだよ」 「ああ」 「で、倍率がどどんと上がった。女子殺到」 「それは」 はなきんを怨んじゃいけないんだろうけど。 「でもね。はなきんにも言い分はある。っていうか、はなきんにだって夢はある」 「何のこと?」 「あのね。よろ総の軽音部にはジャズバンドが一つあるの」 「へえ。珍しい」 「うん。あんまないよね、軽音にジャズバンド。メンバーは、中学のバンドで私と一緒だったピアノの石橋さん、それからドラムのかとちゃん、あとね、やっぱ中学の時、お隣のブルース部でベース弾いてた骨川君」 「おお。トリオ?」 「うん。その3人のライブをね、文化祭の時、はなきんが偶然聴いたらしいんだ」 「へえ」 「で。ライブ終わって、はなきん自分から3人に話しかけたんだって」 「おお。はなきんなのに」 「そう。はなきんなのに。自分から」 「ひゃあ」 「とても感動しました。僕もジャズ大好きなんです。この学校の軽音部入ったら僕もジャズやれますか?って」 「積極的。はなきんは、楽器なんかやるの?」 「うん。ビブラフォン」 「わあ」 「そんで。石橋さんたちも、どうぞどうぞ、というか、是非是非、となった」 「そっか。で、はなきん、受かったんだよね」 「受かった」 「よくやった」 「よくやった。でも、代わりに」 「そっか」 「西瓜が落ちた」 「ああ」   * 「大変。どうするんだろうね」 「どうするんでしょうね、西瓜君」 「あ。そういえば、娘さん、春緒ちゃん、どうだった?ケニア、行ってきたんだよね」 「ははは。こっちもこっちで大変」 「え?なんで?」   * おとといの夜、春緒はナイロビから帰ってきた。 顔真っ黒。この位の歳の子は日焼けとか気にするもんじゃないんだろうか。 「いいのいいの」 「そっか。それより、なんかお前、全身から充実感がみなぎってんだけど」 「そりゃあ、さあ」 「うん。話、聞かせてよ」 「うん。でもね、あのね。お父さん、まずお話しないとならないことが」 春緒は僕の前で改まったのだった。
/100ページ

最初のコメントを投稿しよう!

18人が本棚に入れています
本棚に追加