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西瓜君とはなきん
春緒たちが結成したビッグバンド、THE SEVEN FLOWERS JAZZ ORCHESTRAのリハーサルが続いている。彼らのうちの半分は3月まで中学生で受験生だった。バンドはあまり練習の時間が取れていないため、多めのリハーサル時間が彼らには割り当ててある。
彼らは、このバンドとしての本番はこれが初めてらしい。
高校生らしい普段着を来たバンドメンバーたち。
トランペットの列に、春緒がいる。西瓜君もいる。
トロンボーンに長作さん。サックスに純ちゃん。
フランスから戻って来て、西瓜君も含めた日仏カルテットでコンサートをやった荒井さんが、ピアノを弾いている。今日は、彼女のお姉ちゃんのウェディングライブだ。
しかし、リハーサルだとしても、こんなビッグバンドを目の前で聴けるのは贅沢。
曲は、これ、聴いたことがある。なんて言うんだろう。
「Sing Sing Singだよ。南さん」
「あ。野火さん」
久々。
野火さんは、就農のための農業研修に集中するため、この3月で呑箱局を退職した。
元旦の賀正堅紙の配達以降、野火さんは年休の消化に入り、殆ど僕は顔を合わせていなかった。
「いいですね。ビッグバンド」
「ね。迫力が違う。やっぱり、ビッグバンドは生。西瓜君もいるね」
「え?知ってるんですか?」
「そりゃ、有名。フランスに行ってライブしたんだよね。家でも話に出る」
「僕はカルテットの凱旋ライブ聴きに行きましたよ、春緒と。よかった」
「へえ。南さんが。へえ。ライブを聴きに。へえ」
「ははは。成長しました。そーだ。でも西瓜君、高校まだ決まってないんですって」
「え?なんで?」
「それが」
*
昨日の夜。
「西瓜、高校入学の試験を受けてからフランスに行ったんだけどね」
「うん」
「本人も落ちるとは思わなかったらしい。合格確率80%。県立よろず総合高校。よろ総」
「ああ。聞いたことあるよ。よろ総」
「うちの中学から行く子、結構多いんだ」
「へえ。で、なんでまた落ちたの?西瓜君、お腹でも壊した?」
「ううん。お父さん、花守金星って知ってる?はなきん」
「うん。アイドルだよね。はなきん。名前は聞いたことがある」
アイドルグループの一員だ。なんて名前のグループだっけか?
「イエイエマジックのはなきん」
「そうだそうだ。イエイエマジック」
「その子がね、そこを受けるって情報がわあ、っと流れたんだよ」
「ああ」
「で、倍率がどどんと上がった。女子殺到」
「それは」
はなきんを怨んじゃいけないんだろうけど。
「でもね。はなきんにも言い分はある。っていうか、はなきんにだって夢はある」
「何のこと?」
「あのね。よろ総の軽音部にはジャズバンドが一つあるの」
「へえ。珍しい」
「うん。あんまないよね、軽音にジャズバンド。メンバーは、中学のバンドで私と一緒だったピアノの石橋さん、それからドラムのかとちゃん、あとね、やっぱ中学の時、お隣のブルース部でベース弾いてた骨川君」
「おお。トリオ?」
「うん。その3人のライブをね、文化祭の時、はなきんが偶然聴いたらしいんだ」
「へえ」
「で。ライブ終わって、はなきん自分から3人に話しかけたんだって」
「おお。はなきんなのに」
「そう。はなきんなのに。自分から」
「ひゃあ」
「とても感動しました。僕もジャズ大好きなんです。この学校の軽音部入ったら僕もジャズやれますか?って」
「積極的。はなきんは、楽器なんかやるの?」
「うん。ビブラフォン」
「わあ」
「そんで。石橋さんたちも、どうぞどうぞ、というか、是非是非、となった」
「そっか。で、はなきん、受かったんだよね」
「受かった」
「よくやった」
「よくやった。でも、代わりに」
「そっか」
「西瓜が落ちた」
「ああ」
*
「大変。どうするんだろうね」
「どうするんでしょうね、西瓜君」
「あ。そういえば、娘さん、春緒ちゃん、どうだった?ケニア、行ってきたんだよね」
「ははは。こっちもこっちで大変」
「え?なんで?」
*
おとといの夜、春緒はナイロビから帰ってきた。
顔真っ黒。この位の歳の子は日焼けとか気にするもんじゃないんだろうか。
「いいのいいの」
「そっか。それより、なんかお前、全身から充実感がみなぎってんだけど」
「そりゃあ、さあ」
「うん。話、聞かせてよ」
「うん。でもね、あのね。お父さん、まずお話しないとならないことが」
春緒は僕の前で改まったのだった。
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