山ちゃんの提案

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山ちゃんの提案

「あはは。まあ。おらは一度文政で死んでるようなもんだからな」 「そんな、でも」 「んだ。肉体は完全に消滅する。でも、そもそもおらの肉体は今やコントロールドホールの中でねえと存在しえねえ。ないも同然だで」 「それにしても」 中村門堂は文政に帰った途端、感電死するらしい。帰るわけにはいかない。 しかし、だからと言って、中村門堂の肉体をどこか別の時代に送るわけにはいかない。 そこで、行き場を失った中村門堂に、山ちゃんは一つの提案をした。 「山ちゃんもいろいろやってくれたんだで。ほれ、山ちゃんは仕事であっちこっちの時代に行ってるだ。あんな風にはできねえのかと、上の方に掛け合ってくれただよ」 「ああ」 「でもな。山ちゃんはああ見えて公務員だ」 「はい」 「成程。おらがそんなに勝手なことをできない道理は納得しただ」 「ええ」 頑張ってくれたんだな、山ちゃん。 「で。具体的にどうするんですか?」 「ああ。おらのDNAのデータな。基本部分。それから、後天的に獲得した経験、思考、感情のデータ。それから、肉体の動作データ」 「はい」 「それらをすべてウェブ上に移す」 「は?」 「ははは。この時代じゃ、まだ無理だだな」 「ええ。勿論。映画だとそんなの見たことありますけど」 「おらはネットワークと言う仮想現実の中を生きることになる」 僕は、文政の人間に一体何を説明されているんだろう。 「まあ。仮想現実とは言っても、おらにとってはそこが現実だ。こっちとあっちが逆転するだけ」 「はあ」 「同時多発的に存在できるって話なんでな。場所の行き来は楽かもしれねえだ」 「ええ」 はあ。あまりにも話が飛びすぎてついていけない。 「そんなわけで」 「はい」 「南殿とはお別れだだよ。おらは山ちゃんの時代に生きる」 「そう、ですか」 「お世話になっただ」 「こちらこそ。あの」 「ん?」 「聴いていかないんですか?今日は、カウパーのウェディングライブです」 「おお。そうだったな」 「3バンド出ます。初めは、僕たちの地球神楽です。カウパーがはっちゃんというお嫁さんを貰ってその娘が歌を歌います。新体制です」 「おお」 「その次が、西瓜カルテットと言うジャズバンドです。15歳の子供だけで編成した日本とフランスの混成バンドです。素晴らしいです」 「うん。聴きてえな」 「最後が、THE SEVEN FLOWERS JAZZ ORCHESTRA。僕の娘が作りました。19人編成のビッグバンド。今日が初ライブです。いいです」 「今聞こえてるこれ、だな。心地いいだ。南殿の娘さんが入ってるだか」 「はい。今は、リハーサル中です」 中村門堂は愉快そうに笑った。 「どちらも、めでてえな」 「え?」 「山ちゃんも所帯を持つだ」 「あ。みなこさんとですか?」 「んだ。おらも招待された」 「あはは」 「ネットワークの中からだけどな」 「あ。そっか。ははは」 「ならば、今日のライブ、聴いてからお暇するだ」 「はい。楽しみにしてください」 「さて。どこで聴くかな。ま、なんとかするだよ」
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