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リーマのメール
春緒が風呂に入ると、ほどなく家内がパートから帰ってきた。
「おかえり」
「ただいま。遅くなった。とんかつ買ってきた」
「おお。ご飯は炊いておいたよ」
「ありがと」
家内がパソコンを覗き込む。
「来てる?メール」
「あ。うん。ちょっと待って」
おとうさん おいっす
おかあさん おいっす
はるおちゃん おいっす
来てた。
リーマからの日本語のメール。
「毎日書いてくれてうれしいけどさ。リーマちゃん」
「うん」
「直してあげなくていいの?」
「ああ。うん。タイミングを逃しちゃってさ」
リーマは、ケニアの首都ナイロビの女子高生だ。春緒と同い年。
夏からナイロビへ行く春緒と交換留学で、我が家に一年間住むことになっている。
ぴかぴかのきれいな瞳を持つ可愛い女の子。
春緒は実際にナイロビで会ったことがある。素直でとてもいい娘だそうだ。
ふろはいれよ
「僕はもう入った。今は春緒が入ってる」
「私はまだ」
はみがけよ
「僕たち、ご飯まだ食べてないからね」
「後で磨きます」
かおあらえよ
「はい」
「わかりました」
しゅくだいやれよ
「やだ。呑箱局の宿題」
「春緒には伝えておかないと」
かぜひくなよ
「ありがとう」
「うん。気をつけよう」
またらいしゅう
「毎日メール寄こしてるのに」
「ははは。これじゃ終わっちゃう」
ふう。
「ねえ。あなた。なんでまたドリフで日本語を覚えるように言ったの?」
「え?ああ。ドリフ、面白いからさ。そのまま自然に覚えられるかなって」
「まあ。半分は成功。覚えるもんだね」
「うん」
きょうわたしは もしもをたくさんかんがえました
「もしも、のコーナーだよ」
「うん」
もしも みじかいくびのきりんがいたら
「かわいい、こういうの」
「うん」
もしも しましまがないしまうまがいたら
「馬だね」
「もはやシマウマとは呼べない」
もしも こいびとがかぶきだったら
「恋人が歌舞伎?」
「多分、歌舞伎役者の事だと思うよ。かとちゃんのやつだよ」
「ああ。かっ、たっ。うおお。あしーたー、った。えーが、みにー、かっ。いかーなーいーかー」
「君。うまいね」
「どういたしまして。子供の頃随分やったからね」
もしも こいびとがへんなおじさんだったら
「ああ」
「今度は志村けんだ」
「恋人が変なおじさんはやばいよ」
「やばいね」
もしも ぜんぶのひとがごはんをたべられたら
「え?」
「これって、あなた」
「そっか。食べられない人がいるんだ。ご飯」
「ああ」
もしも ケニアのてろがなかったら
「あ」
「ああ」
もしも ケニアの人がケニアの人をころさなかったら
「内戦」
「そうかあ」
「私たち、ちゃんとお世話してあげなくっちゃね。リーマのこと」
「そうだね」
春緒が風呂から上がってきた。
「あ。メール?リーマの」
「そ」
「ね。そういえば、お父さんの衝撃場面を見ちゃったから、渡すの忘れてた」
「何を見たの?春緒」
「内緒」
「へえ。ま、想像はつくけど」
「ホント?」
「まいったな」
「中沢さん。あ。あんこちゃんか。あんこちゃんも喜んでると思う」
「だよ。私もそう思う」
「その話はもう、いいじゃん。で。何?春緒」
「ああ。DVD来てたよ。ポストに入ってた。こないだのウェディングライブのやつじゃない?」
「あ。観たい。私も見せて」
そっか。家内は、ウェディングライブには来てないんだった。
「じゃ。観ようよ、みんなで。とんかつ食べながら」
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