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スチールギター
「ちょっとごめん。電話。あ、湯葉さんからだ」
「止めとくよ。DVD」
「あ。うん。ありがと」
家内と春緒と僕は、とんかつの夕飯を食べながらウェディングライブのDVDを見始め、今は食事が済んでお茶を飲んでいた。
テレビの画面には、舞台に立っている3バンド目のTHE SEVEN FLOWERS JAZZ ORCHESTRAの面々。アンコール曲も済んで、ウェディングライブのフィナーレのため、準備が整うのを待っている。
静止している画面は、はっちゃんの親方がカメラを横から覗き込んだところで止まっていた。
「この人がDVD送ってくれたんだ。畳屋さんの親方」
「あ。はっちゃんの職場の人ね」
「そうそう」
春緒はリビングのちょっと離れたところで電話をしていたけれど、どうも話は長くなりそうで「先に観てて」と部屋の外に出て行った。
「どうしよう。観ちゃう?」
「待ちましょうよ。それより」
「ん?」
「ちょっと説明して。いろいろと、バンドの事とか」
「ああ」
「すごい。かっこよかった、あなたのバンド。地球神楽」
「ありがと」
「一曲目、いきなりハーモニカのソロでね」
「Jukeって曲」
「上手になったね」
「どうも」
「他の曲も教えて」
「ああ。ええと。Amazing Graceでしょ。それから、San Francisco Bay Blues」
「うんうん。それはどっちも知ってる。はっちゃんの歌、いいね。ワイルドで」
「そうなんだよ。高校の頃から路上でずっと歌ってたんだって」
「なんか聴いたことのない曲も何曲かあったけど」
「あはは。あれは、即興ではっちゃんが作っちゃうやつ」
「え?」
「僕たちも本番まで何が出てくるのかわからない。リズムとテンポだけ指定される」
「たいしたものね。はっちゃんも、それに合わせるバンドも」
「はは」
僕はお茶を一口飲んだ。
「あなた、音楽克服してバンド始めたっていうからさ」
「うん」
「どんなのやってるのかなって、興味があったんだ」
「そう」
「でも、全然教えてくれないし」
「だって」
「何?」
「聞かれないから、別にどうでもいいのかなって」
「気、使ってたんだよ。だって今までは」
「そうだね。音楽は本当に苦手だった」
「ジャグバンドやってたんだね」
「知ってるの?ジャグバンド」
「そりゃ」
「え?」
「あ。かりんとうあるよ。食べる?」
「あ。うん」
家内は台所からかりんとうを持ってきた。
「ね?君。なんでジャグバンド知ってるの?」
「あ。うん。私、学生の時に女の子でバンド組んでたんだよ。ジャグバンド」
「え?初耳」
「あなたには言ってないもん」
「そっか」
「あなたには音楽の話はできなかった」
「そうだね」
僕が封印してしまった音楽への興味は、家内の音楽への興味も封印してしまっていたらしい。
気づかなかった。心が痛んだ。
「ごめん」
「いいの。音楽諦めた分、その他でいろいろ楽しませてもらいました。木工、金工、革細工。焼き物、版画、手芸。そうだ、蕎麦にうどん」
「うん」
「私も忘れてたね。私が音楽やってたこと。あなたと付き合い始めてからだ」
「どんなバンドだったの?」
「うんとね。カントリーやってた。メンバーはね、バンジョーでしょ。ウォッシュタブベース。ウォッシュボード。それから、あ、ジャグの子もいた」
「ウォッシュボード?ジャグ?」
「ああ。ウォッシュボードっていうのは、洗濯板。首からぶら下げて叩いて音を出す。リズム担当。ジャグは、でっかい瓶。息を入れて音を出す。低音担当」
「そっか。それが入るからジャグバンド」
「うん。知らなかった?」
「知らなかった。で、君は?何してたの?」
「私はね、スチールギター」
「え?」
スチールギターって、なんだ?
家内がスマホでスチールギターの動画を見せてくれた。
「これだよ」
「へえ。ギターを横に置いて、この、ええと」
「ボトルネックね」
「あ。ボトルネック。ボトルネックで弾く」
「うん。音がスライドしてね、ふわーんって。私、上手だったんだ」
「へえ」
「ハワイアンでよく使うけどね。ブルースなんかにもいい」
「そうなんだ。まだまだ知らない楽器が沢山」
「弾きたくなってきたな。弾けるかな、今でも」
「楽器。ないでしょ」
「あるよ」
「どこに?」
「家に」
「見たことない」
「見せてない。押し入れにある。メンテナンスは一応毎年してる」
そっか。
「あ」
「何?」
「あのさ。君」
「ん?」
「今度一度、地球神楽に合わせない?」
「え。いいの?」
「多分、平気。みんなに聞いてみる」
「弦、張り替えなきゃ。芸名考えなきゃ」
「芸名!」
「あはは」
「そのままでいいんじゃない?」
「そうだね」
「練習してね。真子ちゃん」
「うん」
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