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ジャズバンドと辰吉
「春緒の電話、長いね」
「うん」
「地球神楽の次に出てきたバンド。あなた、春緒と聴きに行ったんだよね、前に」
「あ。うん」
「誘ってくれないし」
「だって、確か、蕎麦かうどんの日だった」
「言ってくれれば、休んだのに」
「そっか。ごめん。今度は誘う」
「うん。そうして。いろいろ聴きに行こうよ。今までの分を取り返そう」
「そうだね」
僕は、かりんとうをつまんだ。
そうだな。どんどん取り返していかないと。家内と一緒に。
「ええとバンド名は?これ、読めないんだよ」
「クアトロ・デ・パステックだって。西瓜カルテット。4人同い年で日仏混成」
「西瓜君の名前が前に出てるんだ」
「そうそう」
「弾けてたもんね」
「すごかったね」
「メンバーは、私二人知ってるよ。トランペットの西瓜君、ピアノの荒井さん。鈴菜中学BIG BAGSの結成メンバーだ。あの頃から上手だった」
「そっか。その時から聴いてるんだもんね、君。羨ましい」
「はは。興奮したね。あの時は。で、ねね。西瓜カルテット、他のフランスの子は?」
「ああ。ええと。眼鏡かけたドラムの子が、ジャン・ポム」
「うん」
「ベースの超イケメンが、ジャン・フレーズ」
「うん」
「ポムは、林檎。フレーズは、苺」
「あはは。で、パステックは西瓜」
「そう」
「あはは。かわいい。甘い。おいしい」
「そうそう。それで、荒井蝶さんはその蜜を吸う」
「わあ。蜜を吸う」
「フランスの地元じゃ、結構人気が出てきたらしいよ」
「へえ」
「今度CDも出すって」
「そうなんだ。七草市からフランスへ。なんか誇らしい」
「うん」
で。トリが、THE SEVEN FLOWERS JAZZ ORCHESTRA。
「西瓜君と荒井さんは、こっちにも参加だ。春緒もいる。このバンドは君の方が詳しいよね」
「うん。中学のジャズ部の結成メンバーで作ったんだね。私、みんな知ってるよ」
「いいなあ」
「あはは。初めは下手だったけどね。もうみるみる。みるみるうまくなって」
「そっか」
「元気あるし、楽しそうだし。私、大好きなんだ」
「ふうん。曲は?みんな知ってる?」
「あ。うん。We Always Carry Big Bags。これは、Big Bagsのテーマ曲。それから、Sing Sing Sing。Moonlight Serenade。Misty。うん。あと一つは、初めて聴くかな」
「あ。それは、Vega and Altair。織姫と彦星。長作さんが作曲したんだって」
「へえ。面白い曲だったね」
「モデルになってる二人が面白いから」
「え?」
「西瓜君と荒井さんがモデルだって」
「ああ。成程」
春緒がリビングに戻ってきた。
「ごめーん。あ。観ててよかったのに」
「いや。丁度良かった。お母さんといろいろ話ができた」
「私の地球神楽、お試し参加の話もね」
「何?」
「あとで。それより、どうしたの?湯葉さん」
「ああ。辰吉のことで相談されてね」
へえ、と言うと家内はトイレに立った。
辰吉というのは、昨春生まれた子供のキリン。バナナ坊と呼ばれていたけれど、名前が付いた。
で、どうした?辰吉。
「辰吉、ジェットシンと馬之助になついちゃっててね」
「ああ」
「いつもついて歩いてるんだよ。毎日」
「ふうん」
「でもさ。ジェットシンも馬之助も時々悪さするでしょ」
「ああ。国道に入って車止めたり」
「そうそう」
「踏切に入って電車止めたり」
「うん」
「スペシャルトラブルAだ。最近多いね」
「そう。で、そこに辰吉も一緒にいるんだよ」
「ああ。やっぱ。不良はちょっとかっこいいからね」
「そういうことなのかな」
「で。なんで、春緒に電話が?」
「ああ。私の言うことなら聞くからね。辰吉」
春緒は今でも頼まれて、キリンのうんこ片付けのバイトに時々出かける。
「成程」
「どうしたらいいかって湯葉さんに聞かれて」
「相談されてもね」
「うん。市役所の職員ならいざ知らず。私、高校からすっ飛んでいくわけにもいかないしね」
「あはは。それに夏からは」
「そうなんだよ。私、ケニヤなんだ」
「だよね」
「ううん」
「でもさ、春緒」
「ん?」
「僕たち市の人間は昔っからそうやって、あのキリンはこうだ、このキリンはこうだって」
「うん」
「いろいろ迷惑かけられても、笑いながら過ごしてきたんだよね」
「そうだね」
「猪木が生まれた時だって、暴れん坊でひどいって、みんな言ってた」
「今は立派なリーダー」
「でしょ」
「うん」
「気にしないでいいんじゃない?」
「そうかなあ」
「この市には許容力がある。それに、キリンとそんな駆け引きをしてるのが楽しいんだよ」
「うん」
「ね」
「そうか。そうだね」
「世界は、人間中心で動いてるんじゃない」
「だね」
「七草市はこんな風に、自然と調和してるんだ」
「そうだった。忘れてたよ」
トイレから戻った家内がかりんとうをぽきりと食べた。
「あなた、たまにはいいこと言う」
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