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監獄ロック
「じゃ、見ちゃおっか。演奏者全員集合のフィナーレ」
「曲は何?」
「監獄ロック」
そうだ、文政の地球祭りでも全員が舞台に上がっての最後はこの曲だった。
*
「丸い地球に乗ってるだ ぐるっと歩きゃ元に戻る♪
どうせここかりゃ出られねえ ならば歌うだ踊るだ 四五ロック♪
しいごロック じっちゃもばっちゃも 踊るだ四五ロック♪」
黒い袈裟を着た佳祐さんのシャウトするボーカル。
その両隣には落語家になった伽羅亭標君と伽羅亭英九郎君の二人。
激しく踊りながらお客さんを煽っている。
立ち上がり始めるお客たち。
4弦ギターを抱えた演出の朝倉君がそれを見て僕にガッツポーズをした。
*
「丸い地球に乗ってるよう ぐるっと歩きゃ元に戻る♪
ロケットでもなきゃ出られねえし ならば歌うよ踊るよ四五ロック♪
しいごロック 会場の皆様 踊るよ四五ロック♪」
テレビの画面ではお腹の大きいはっちゃんがギターを抱えて野太い声で歌っている。
後方には、THE SEVEN FLOWERS JAZZ ORCHESTRA。
西瓜カルテットのフランスの二人は楽しそうにシェイカーを振りながら踊っている。
はっちゃんの親方が客席から立って踊り始めた。
それを見て立ち上がるお客さんたち。
*
「音の出るもんが楽器だで むつかしいことはなもいらねえ♪
器叩いてトントトン なけりゃ手拍子足拍子四五ロック♪
しいごロック おとうもおっかも 踊るだ四五ロック♪」
ボーカルは標君に替わった。これは粗野でダイナミックなボーカル。
野火さんのドラムに熱が入る。
それを見ながら中村門堂は嬉しそうに陣太鼓のリズムを合わせている。
カウパーはここぞとばかり弦を引っ張る。
*
「音の出るものが楽器だよう かっこつけても始まらねえ♪
どこか叩けば音が出る なけりゃ手拍子足拍子四五ロック♪
しいごロック 遅れを取るなよ 踊ろよ四五ロック♪」
ビッグバンドのボーカリスト、エミさんに歌が替わった。
エミさんは微妙にメロディを外して歌う。ジャズボーカルの技だ。
舞台の僕は一番右の端っこでハーモニカを吹きながら春緒の方を見ていた。僕はこの日、春緒の演奏も春緒たちの作ったバンドの演奏も初めて聴いたのだ。
僕はその時の春緒の姿を目に焼き付けようとしていた。
客席が我先に立ち上がった。
*
「好きなあの娘がおるならよ 口説いてみるのは今しかねえ♪
どさくさ紛れに手を取って 一緒に歌うだ踊るだ四五ロック♪
しいごロック にいやもねえやも 踊るだ四五ロック♪」
今度のボーカルは栄九郎君。流れるように丁寧にメロディをなぞる。落語そのままだ。
標君も栄九郎君も、その落語の芸風は元々持っている素質をうまく生かしたのだろう。
彼らを指導した山ちゃんは、唐箕を改造したオルガンを弾きながら本当の親のような表情で二人を眺めている。
*
「好きなあの娘がいるのなら 口説いてみるのは今しかない♪
どさくさ紛れに手を取って 一緒に歌おう踊ろう四五ロック♪
しいごロック みんなご一緒に 踊ろう四五ロック♪」
歌はフランスの男の子二人に替わった。
西瓜カルテットのドラムのジャン・ポムとベースのジャン・フレーズだ。
ローマ字で書いた歌詞のメモを見ながら一生懸命歌っている。
歌い終わると、大きな拍手、歓声。
*
「踊るだ四五ロック♪ 踊るだ四五ロック♪
踊るだ四五ロック♪ 踊るだ四五ロック♪
皆様ご一緒に 踊るだ四五ロック♪」
ここぞとコーラス隊は声を振り絞った。
コーラス隊の中には、利平さんがいる。喜太郎さんも草次郎さんもいる。
フロントの佳祐さん、標君と栄九郎君がお客さんを煽る。
会場はみんな立ち上がり、口々に何か叫びながら狂乱の渦ができている。
と、その時。
*
「踊ろう四五ロック♪ 踊ろう四五ロック♪
踊ろう四五ロック♪ 踊ろう四五ロック♪
みんな一緒に 踊ろう四五ロック♪」
はっちゃんとエミさん、フランスの男の子が並んで歌っている。
4人のボーカルが声のトーンを上げた。
ホーン隊もここぞと音に熱を帯びる。
会場がみんな立ち上がって踊っている。
と、その時。
*
「音、とめるだああ!!大変ずらあ!!喜太郎、早く来るだあ!!」
突然客席から誰かの叫びが上がったかと思うや、喜太郎さんがコーラス隊から何かの獣のように駆け出し、裸足のまま境内におりて声の方に向かっていった。
音が止んだ。
「生まれるだよ、こりゃ」
会場に来ていた喜太郎さんのお嫁さんのはなちゃんが破水したらしい。
「産婆!ここにいるだかあ!」
*
「踊ろう四五ロック♪ う」
え?
はっちゃんの動きが突然止まった。
マイクスタンドにつかまって微動だにしない。
「うううん。ぶうううん」
マイクを伝って妙な唸り声がする。演奏の音が止んだ。
カウパーが驚いて駆け寄る。
「痛え。すげえいてえ。水が出た」
「車。車。タクシーお願いします!」
*
「そんなわけで、はなちゃんもはっちゃんも無事出産できた」
「わかった。あなた、わかった」
「わかった。お父さん、わかりました」
「ん?」
「あなたの副音声の説明のおかげで二つのライブの状況が手に取るようにわかった。ありがたい」
「ありがたい。お父さん」
「でもね、あなた」
「でもね、お父さん」
「副音声が大きすぎるせいでまったく演奏に集中できなかった」
「だね」
「もっかい見よう、春緒」
「そうだね、お母さん」
「ごめんね」
ははは。僕はずっと喋ってたか。
「でも、あなた。子供が生まれたのはめでたい」
「そうだね」
「おめでとう。はなちゃん、喜太郎さん」
「おめでとう。はっちゃん、カウパーさん」
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