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 再就職先は二週間後に決まった。  職種はなんでもいいから、妖怪の採用に好意的なところにしよう。ポイントを絞って就活したからか、予想よりもすんなり内定をもらえた。  あたらしい職場は人間と妖怪の比率が半々で、環境も整えられているらしい。  とはいっても、本当のところどうなのかは、入ってみなければわからない。  入社日初日の今日。わたしはさっそく度肝を抜かれた。  まずはフレックスタイムの幅の広さ。たとえば、太陽の光が苦手なドラキュラは夜八時出勤で、夜に首が伸びてしまうろくろ首は朝六時出勤。特性に沿って出勤時間を調整していて、もちろんそれは人間にも適用されている。  職場環境も徹底的に管理されていた。そもそも人間と妖怪はフロアがわかれていて、かつ妖怪のフロアでも体格や特性の違いで席がわかれている。雪女とのミーティングのとき、双方の適温がまったく異なるので、同じ社内にいてもWeb会議のアプリを利用しているらしい。  こういった取り組みの甲斐あって、人間も妖怪も無理のない範囲で配慮し合えているんだとか。前の職場のように無理に共存させようとすると、却って軋轢が生まれるのかもしれない。  一歩踏み出してみればいろんな世界がある。こういうところでなら、伊藤くんものびのびと働けたのではないだろうか。 「そういえば、今日もうひとり新人さんが来るんだよ」  新人研修担当のおんもら鬼、秋山さんがいう。つねになにかを食べていないと落ち着かないらしく、彼の右手にはつやつやなおにぎりが握られていた。  同じ日に入社。同期だ。どんなひとだろう。  期待に胸を膨らませていると、どこからかのっしのっしと聞き覚えのある足音がきこえてきた。  思わず目をまるくする。なんと、スーツに身を包んだ伊藤くんが前方から歩いてくるではないか。 「な、なんで伊藤くんが」 「おれも転職したんだ」胸を張ってネクタイを締め直す。「仁科さんに勇気をもらったから。おれも変わらなきゃって」  伊藤くんの耳はぴんと立っていた。内に巻きがちだった肩もすっと開かれていて、身長もぐんと高くみえる。 「そっか。伊藤くんも変身したんだね」 「え? 変身?」  研修ルームまでの道のりを伊藤くんと並んで歩く。窓の外では、桜の木が梢につぼみをつけはじめていた。 「仁科さん。いまどき満月で変身する狼男なんていないよ?」  伊藤くんがそういって、思わず秋山さんと顔を見合わせる。  わたしたちは声をあげて笑った。  このすっとぼけた同僚と恋の花がひらくかは、またべつのおはなし。 (了)
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