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「ピンポーン」
ソファに寝転がってテレビを見ていた私は、慌てて飛び起き玄関に急いだ。そっとドアスコープを覗くと、そこにはハンカチで首筋の汗を押さえるお義母さんの姿があった。
私は一呼吸置いて、「はーい」と笑顔でドアを開けた。
「直美さん、真一の好きな鶏肉入りの炊き込みご飯を作ってきたの」
お義母さんはふっくらとした手で持っている紙袋を差し出した。
「いつもありがとうございます。どうぞ上がってください。冷たい麦茶でも……」
受け取った容器の温かさが紙袋越しに伝わった。
「いいのよ。今日はこれを渡すだけだから。これから俳句のクラスなの。じゃあね」
お義母さんはにっこりして踵を返した。私は静かにドアを閉めると、思わず小さなため息をついた。
「お? 美味そうな炊き込みご飯!」
真一さんは、夕食のテーブルに着くやいなや、ビールより先にお茶碗を手にとった。
「美味しいに決まってるわよ。お義母さんの手作りなんだから」
「お袋来たの?」
「はい、今日も突然いらっしゃいました」
私はわざと、「今日も突然」を強調した。
「美味いわ!」
私の返事を全く意に介さず、ほかほかの炊き込みご飯をかき込む真一さん。残業の疲れは吹っ飛んだようだ。それもそのはず、お義母さんの手料理はどれも絶品だ。
「私もお義母さんの料理の大ファンだから、持ってきてくれるのはすごくありがたいの。特に煮物はお箸が止まらなくなるしね。ただ、来る前に電話が一本あると助かるな」
お義母さんは、このマンションから電車で一駅の所に住んでいる。お義父さんを亡くしてからは、一軒家に一人暮らしだった。一年前、私たちが結婚した時、新居をこのマンションに決めたのには理由があった。お義母さんにとって、一人息子と嫁が近くにいたほうが心強いだろうと考えたからだ。
お義母さんは温厚で嫌みのない性格なので、一緒におしゃべりしたり食事をするのは本当に楽しい。だが、こうも頻繁に突然来られると話は別だ。来る前に連絡が欲しいとやんわり言っても変わらないので、もう半分諦めていた。
「いいじゃないか、いつ来たって。出不精でずっと家にいるんだから。だらけてるともっと太るぞ」
「ひどーい、気にしてるのに……」
確かに結婚して仕事を辞めてから、昔の洋服は入らなくなったけど……。
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