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暑さが一向に衰えない九月のある日。
「お袋が倒れたって?」
真一さんが血相を変えて病室に飛び込んできた。ビジネスシャツはびっしょりと汗で体に張り付いている。
「熱中症だそうよ」
私はお義母さんのベッドの側からすぐ立ち上がった。
「家の中にいたんだろ?」
「エアコンを使わず、水分もこまめに取ってなかったみたい……」
上半身を起こしているお義母さんは、点滴こそしているが血色は良かった。
「ごめんね。お料理してたら急に目の前が真っ暗になって……。直美さんが助けてくれたの。命の恩人ね。本当にありがとう」
そう言うと、申し訳なさそうに頭を下げた。
「お義母さん……」
私は鼻の奥がツーンとした。
しばらく三人で話をしていると、恰幅の良い主治医が入室してきた。
「息子さんですね? 佐藤さんはご自宅の台所で倒れていたところを、訪れたお嫁さんに発見されました。診断は熱中症です。もう心配はいりませんが、今日は大事をとって入院してもらいます。明日退院できますよ」と落ち着いた口調で説明した。
「ありがとうございました」
真一さんは先生に頭を下げると、心底ほっとした表情でお義母さんに柔らかい眼差しを向けた。
「お袋、心配かけるなよ。大した事なくてよかったけどさ。明日また来るから」
そう告げると、私達は病室を後にした。
「俺は一旦会社に戻るけど、直美は?」
病院のロビーで真一さんが口を開いた。
「お義母さんの家に寄って、台所の片付けと戸締りしてから自転車で帰るわ」
真一さんは少し目を見開いた。
「え? 自転車でお袋の家まで行ったんだ。何か急用でもあったの?」
「うん……」
私は口ごもった。
「そっか……。それよりお袋のことだけど……」
心配しなくても真一さんの言いたいことは手に取るようにわかる。
「今晩話しましょう」と、私は明るく答えた。
「直美、お袋を助けてくれてありがとうな。エアロバイクを買ってから痩せて綺麗になったし、俺にはもったいないくらいの嫁さんだ」
緊張の糸が切れたのか、真一さんは軽口をたたいた。
「よいしょしても何も出ないわよ。ほら、仕事行って」
「おぅ、じゃあな」
私は真一さんの背中を見送った後、ロビーの椅子に崩れるように座ると深呼吸をした。朝からの出来事が頭の中を駆け巡った。
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