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今日あたり、お義母さんがうちを訪れそうな予感がした。『見えーる機能』を使って、もし来そうなら前もってお茶の準備でもしておこうと思った。
私はひらりとエアロバイクに跨ると、お義母さんの名前を入力した。
「佐藤良子っと……」
すぐに設定が表示された。
「負荷レベル五、時速十八キロで三十分か。楽勝ね」
鼻歌交じりのエクササイズが終わり、私は画面を見つめた。
「え?……」
私は自分の目を疑った。そこには、台所の床に横たわっているお義母さんの姿が映し出されていた。私の心臓はまるで氷水を浴びたかのようにぎゅっと縮んだ。
すぐにエアロバイクから飛び降りると、バッグを掴んでトレーニングウエアのまま部屋を飛び出した。
普段私がお義母さんの家に行くときは、少し時間はかかるが電車を利用している。途中に緩やかだが長い上り坂があるからだ。しかし、電車より自転車で行くほうが絶対早い。私は迷わず自転車置き場に走った。
普段使っているママチャリに飛び乗ると、私は前傾姿勢でペダルに全体重をかけた。踏み込むたびにどんどんスピードが上がった。熱風が真正面から容赦なく体に噛み付いてきた。それでも例の坂道を、速度を全く落とすことなく軽々と登りきった。
実家に到着すると、預かっている合鍵を使ってドアを開けた。転がるように台所に直行すると、目に飛び込んできたのは、真っ青な顔で倒れているお義母さんだった。私は一瞬体が固まった。
「お義母さん?」
ゆっくり近づき、数回肩を叩いた。お義母さんはうっすら目を開けると、何か言いたそうに口を動かした。
「直美です。しっかりして!」と呼び掛けながら、震える手で携帯電話から救急車を呼んだ。
救急隊員は五分もかからずに到着し、テキパキとお義母さんに処置を施した。
搬送の準備が整い、少し冷静さを取り戻した私は、何気なく食卓の上に目をやった。そこには、丁寧に折りたたまれた紙袋と、タッパーに入った私の大好物の筑前煮が準備されていた。
私はすっくと立ち上がると病院の表玄関に向かった。ガラス越しに、夕日に彩られた鮮やかな薄紅色の空が目に入り、思わず足を止めた。
「同居も悪くないかな……」
外はまだ蒸し暑いだろう。私は覚悟を決めて自動ドアを開けると、勢いよく一歩を踏み出した。
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