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……鬼が最後に目にしたのは、洞窟の入り口の、花のつぼみだった。どんな花が咲くか見たかった、と思いながら、鬼は死んだ。
つぼみは間もなく、可憐な紫色の小さな花となった。
やがて花は枯れ、小さな種をひとつ作った。種は静かに地に落ち、次の年の春、小さな新しい芽を出した。
この芽はぐんぐん伸びて、腕ほどの太い茎となり、顔ほどの大きな葉を広げ、太陽の恵みを存分に蓄え、夏のはじめには、ひとつのつぼみをつけた。
奇っ怪なつぼみだった。
人の腕一抱え分もある、大きなつぼみだった。
そしてそのつぼみは、ある日の早朝、花開いた。
鬼が死んでちょうど、一年目だった。
つぼみは花びらをひとつ開くたび、泣き叫ぶような音を立てた。
おおおおおおおおん。
おおおおおおおおん。
おおおおおおおおん。
その叫び声は野山を駆け、ふもとの村まで響いた。
村人たちは慌てて外に出て、言い合った。
……鬼がまだ生きていた。いや、鬼の怨霊だ。
つむじ風のような、悲鳴のようなその音は、しだいに村へと近づいた。
やがて村人たちは、おおおおおおおん、と唸りながら、花びらでできた大きな塊が、木々の間から跳ねるように転がり出てくるのを見た。
その塊から、紫色の、手のひらほどの花びらが、ひらりひらりとちぎれた。
それはまるで、生きているように逃げ惑う村人を追いかけ回し、顔に張り付き、口と鼻を塞いだ。ぴたりとくっついて、離れなかった。
地面の上で転がり、もがき、空に手を伸ばし、叫ぶこともできず村人たちは死んだ。
自分を慈しんでくれた鬼を殺された、花の仕返しだった。
村人が皆死ぬと、塊はほどけ、花びらはすべて散って、笑うようにその村を舞った。
××村が、今は廃村なのは、こういうわけで。(了)
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