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東條愛子は「女は愛嬌」という厳格な教えのもとで育てられた。
運動も勉強も出来なくて良しとされ、テストで赤点を試しに取ってみても怒られることは無く、代わりに態度に可愛げが無いと季節問わず庭に数時間放り出される教育方針だった。
もう庭は嫌だーー。
そう思った愛子は、愛嬌を目一杯表現するための武器、「笑顔」を顔に貼り付けた。何時如何なる時も、とにかくニコリと笑うのだ。
この効果は小学生までは抜群だった。
「愛子ちゃんはいつもニコニコしていて可愛いねぇ」等とご近所から噂された日には、夕飯の食卓には特大のハンバーグが並び、愛子はホッと胸を撫で下ろした。
しかし、中学生に上がると、この効果は一変する。
「カマトトぶりっ子」
「いつも笑って気持ち悪い子」
愛子は笑顔のまま蒼白になった。
夕飯からハンバーグは消え、久しぶりに追い出された真冬の庭は思った以上に愛子の心身にキツく響いた。
「笑顔」だけでは「愛嬌」が足りないーー。
愛子はとにかく本を読んだ。どうすれば、この穴を埋められるだろうかと。
そうして、もう一つの武器を手に入れた。
「ありがとう」
笑顔にこの台詞を付け足せば、格段に愛嬌が上がった気がした。しばらく続けると「愛子ちゃんはいつもニコニコして礼儀正しくて可愛いねぇ」等と求めていた評価が舞い戻り、愛子は再び温かい家で過ごせるようになった。
『これで安泰だ』
愛子はまたホッと胸を撫で下ろし、不安要素が無くなったことで運動や勉学にも勤しむことができ、入学式や卒業式、あらゆる式で代表挨拶を務めるまで優秀にもなった。
「愛子ちゃん、凄いね!!」
『ありがとう』
「愛子ちゃん、さすが!!」
『ありがとう』
「愛子ちゃん、おめでとう!!」
『ありがとう』
「ありがとう」は魔法の言葉だーー。
愛子はこの言葉を知られて本当に良かったと思いながら、今日も式の代表者として挨拶のスピーチを務めた。
「え~、この度は死んでくれて、ありがとうございました」
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