謎を解きましょう …ん?

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謎を解きましょう …ん?

花蓮(かれん)はツーショットテーブルに座り、抱き人形を出して観察していた。 「鑑定しましょう」と(げん)が冗談ぽく言うと、花蓮は愉快そうに笑った。 源が人形を受け取って少し探ると、服の様子がおかしい。 小さなポケットに薄いものが入っているようだ。 小さなボタンを外して、竹ピンセットでそろりと紙を引き出した。 紙は四つ折りになっていて、何かを書いてある形跡がある。 「さあ、感動の瞬間がやってまいりましたっ!」 源はおどけて言って、花蓮に紙を渡した。 「ああ、源君にラブレターもらっちゃったわっ!」 花蓮もおどけてはしゃいだ。 花蓮は一転して神妙な顔をして紙を開いた。 花蓮は黙読してすぐに、涙を流し始めた。 源は花蓮の後ろに回りこんで、その文字を読んだ。 その紙には比較的小さい子供が書いたような文字で、『しあわせになってね』と書いてあったのだ。 これは小さな子供から人形へのメッセージだった。 人形までも手放すことになったこの少女は、どういった環境の中にいたんだろうか。 花蓮が買ってくるほどなので、それほど安いものではなく、造りはしっかりとしている。 この人形はそれなりに高価だろうと源は感じている。 源は人形に触れて、「あ、知ってる人だ…」とつぶやいた。 それはまさに鮮明で、源が触れたことがある少女だった。 「元の持ち主は美佐(みさ)ちゃんです」 源の言葉に、花蓮は号泣を始めた。 美佐は親からの虐待により、死ぬ目にあうほどのひどい状態で生きていた。 その美佐を源の上司の松崎拓生(まつざきたくなり)が養女とした。 美佐の両親は、幼児虐待、さらには美佐の兄までもこの両親が殺していた。 美佐の家はすさんだ生活をしていたのだろう。 この人形は、両親以外の誰かが美佐に与えたもののはずだ。 ここは、花蓮のお懐かしなんでも屋。 古道具屋などから手に入れたものから感動を得るために開いている骨董店。 妙な能力を持っている、店員と店主の物語。 泣き止んだ花蓮は、「美佐ちゃん、ショーケースを見てたの…」とつぶやいた。 「ショーケースに入れておきますよ」と源が言うと、花蓮は笑顔でうなづいた。 次に美佐が店を訪れた時、花蓮はまたホホを涙で濡らすだろう。 だがその時は簡単にやってきた。 頭の上にエンジェルリングを乗せている千代(ちよ)率いる天使軍団に、今日は美佐が混ざっていた。 美佐は九歳で、年齢的には六才の千代と、源の友人で松崎の養女の友梨香のほぼ中間に当る。 ほかに同年代がいれば、その仲間になるのだろうが、時には妹、時には姉のポジションがうれしいようで、日替わりのように自分の立ち位置を代えている。 こういった子の場合は、社交性の能力としては跳ね上がることだろう。 天使たちは源と花蓮にあいさつをしてから、思い思いの場所でこの店を楽しみ始めた。 源としては千代が誘ったと思っていたのだが、どうやらそれはなく偶然だったようだ。 すると店の奥から、「あっ!」という大きな声が聞こえた。 源よりも先に花蓮が勢いよく走って幼児玩具スペースに行った。 美佐は抱き人形に眼を向けて、時間が止まってしまったように見上げている。 そして源の気配に気づいたのだが、ショーケースに眼を向けたまま、「お兄ちゃんが?」と美佐は少し声をつまらせて聞いた。 「ううん。  ボクは美佐ちゃんの手紙を読んで、  ここに置いてもらうように店長に頼んだんだよ」 美佐は源と花蓮に向かって深く頭を下げた。 「…おともだち、連れて帰りたいんです…」 美佐は花蓮に顔を向けて、流れる涙を拭おうともせずに懇願の眼を向けた。 「ぞどづもりでおいでだがらづれでがえっであげで」 花蓮は泣きじゃくりながら意味不明な言葉を放って、ショーケースから抱き人形を取り出して美佐に手渡した。 美佐は、「…おかえり…」と小さな声でつぶやいて、人形をしっかりと抱きしめてから、花蓮に頭を下げた。 「おばなじ、ぎがぜでおじいど…」 花蓮はまた意味不明の言葉を放ったが、美佐にはきちんと伝わっていて、この人形を手に入れた切欠から手放すまでの話しをした。 花蓮はさらに泣きじゃくっていたのだが、あまりにもひどい花蓮の姿に冷静になってしまっていた美佐に慰められていた。 もちろん天使たちも美佐に向けて、涙を流して再会の喜びの感謝の祈りを捧げていた。 源は気まずい思いがした。 それは特別扱いだったからだ。 今から三年前、源が十二才で友人でロボット造りの師匠の赤木武(あかぎたけし)と二人して、それなりのオタクの住処で聖地でもある、都心の秋葉原に買い物に出かけた時の事。 女の子がひとり、おもちゃ屋のショーウインドウに両手のひらをつけて何かを見入っていた。 赤木も源も気になってその少女が何を見ているのか確認した。 それが美佐が抱きしめている抱き人形だった。 かなり高価なもので、数万円はしたはずだ。 お金持ちのボンボンの源は、それほど欲しいのならと思い、当時まだ五才の美佐に人形を買い与えることにした。 もちろんこの時の源に、五年前に亡くしてしまった妹の美奈(みな)の面影を美佐に写していた感情は大いにあった。 あまりのことに美佐は困惑顔をしたのだが、源はなんと赤木に抱き人形を買い与えたのだ。 仲間がいるということで、美佐は納得の笑みを浮かべて人形を抱いて源に、「お兄ちゃん、ありがとうっ!!」と元気よく礼を言って別れた。 花蓮はようやく泣き止んで、「…優しいお兄ちゃんね…」と言って、美佐の頭をやさしくなでた。 「きっとね、また会えるって思ってた…」 美佐が抱き人形を見てつぶやいた。 「あら? もうお兄ちゃんに会ったの?」と花蓮が怪訝そうな顔をして聞くと、「ないしょぉー…」とかわいらしく言った。 美佐は真相を明かさなかったのだが、源の雰囲気を察して千代たち天使が源に祈りを捧げていたので丸わかりだ。 しかし花蓮は天使たちを見ていなかったので気づいていない。 結局美佐は、源に視線をあわせることなく千代たちとともに店を出て行った。 「…誰だろ…」と花蓮は腕組みをして考え始めた。 ―― 口を開かないと妙だし、人探し感は流さない方がいい… ―― 源はしばし考えて、「でも、最高にいい話しでした」と感慨深く言った。 「…おかしいのよねぇー…」と、花蓮は小首をかしげて少しうなだれた。 「天使たちの感情が違う方に向いていたような気が…」と花蓮はその時の状況を思い出すように言ってから、「あ、そうだわ」と言って、なんと源の影から、ヒューマノイドのイカロスを引っ張り出した。 「ノーコメントだそうですっ!」とイカロスは慌てて言った。 「どーしてよ…」と花蓮はイカロスをにらみつけている。 「あー… 言えません…」とイカロスは黙秘権を行使した。 「ははぁーん、わかったわ…」と花蓮は言って、源をにらみ見つけた。 源は、―― まさか気づかれた? ―― と思ったが、ここは何とか平常心を保った。 そして、できれば笑わないように心がけた。 「私の後ろにいたから見えなかったけど、笑ってたんでしょ…  あまりにも泣いて、何言ってんのかわかんなかったから」 「そんなことしませんよ…」と源は極力笑い声を抑えて答えた。 「だけど美佐ちゃん、  花蓮さんが何を話しているのかよくわかりましたね」 「感情を読まれたんじゃないのかなぁー…」と花蓮は言ってから、ゆっくりと歩き出して、レジカウンターの中にある椅子に座った。 源は特に気にせずに店内清掃を始めたのだが、美佐が何を考えて源に告白しなかったのかを考えた。 もちろん天使たちは、美佐の感情を察して、態度では示したが言葉にすることはない。 源は少し考えて、―― 秘密… いや、自分だけの想い、真実の体験… 宝物… ―― と、今思った直感を思い浮かべた。 源がもうひとつの職場であるタクナリ市国の大使館に顔を出すと、みんなは源を見て挨拶を交わしたのだが、ひとりだけそっぽを向いている者がいる。 「美佐ちゃん、  言いたいことははっきりと伝えた方がいいよ。  得することがあるかも」 源が笑みを浮かべて美佐に話しかけると、美佐は久しぶりに源の眼を見ていた。 だがその目には大いに戸惑いがあった。 「…好きに、なってもいいですかぁー…」と美佐はたどたどしくつぶやいた。 「ほんと、控えめだよね。  もちろんだよ」 源の言葉に、美佐は手を合わせてよろこんだ。 「でもそれはどんな好き?」 美佐は両手をひざにおいて妙にもじもじしながら、「頭をなでてもらって、かわいがってもらえて、すっごくうれしくって、それに…」と言ってから黙り込んだ。 「まだきちんとわかっていないんだね。  だったらね、  お兄ちゃんって呼ぶのと、源って呼ぶのとどっちがいい?」 美佐は真っ赤な顔を上げて、「…源、お兄ちゃん…」と両方つぶやいた。 「うん、それでいいよ」と源が笑みを浮かべると、美佐は、「えへへ…」と照れ笑いをした。 「ああ、そうだそうだ」と源は言いながら歩いて、美佐に手品のようにして、透明な小さな袋を渡した。 中には主に着せ替え人形用のカラフルなストッキングなどが見える。 前回渡したものよりもかなり種類が豊富で、100足ほど入っている。 また、靴下や手袋などの小物も数種類ある。 「もう寒くはないけど、冬用に。  これはなかなか壊れないから、試してみて欲しいんだ」 源が小さなビニール袋を手渡すと、「源お兄ちゃん、あでぃだどー…」と言って泣き出し始めた。 源が美佐を抱きしめると、「大好きぃ―――っ!!!」と大声で叫んで、大声で泣き出し始めた。 ―― あー、兄だけど… ―― と、源は今の美佐の感情を正確に読み取った。 「じゃあ、兄ちゃんは仕事に行ってくるよ。  あ、なんだったら、仕事してるところ見る?」 源の言葉に、「うんっ!」と元気よく答えた。 源は美佐の左手を握った。 美佐はもう照れてはいない。 源を見上げて笑みを浮かべている。 そしてふたりして作業場に続く階段を降りて行った。 源が作業をしている姿を、美佐は興味津々で見ている。 時折源が美佐を見て微笑んでくれることがうれしかった。 しかも、面白いように、魔法のように次々と人形を創り出している。 さらには能力ではなく、純粋に両手を使って造り出すものもある。 美佐にとってはまさに目が回るほどだったが、時折見せる源の真剣な顔見てホホを赤らめた。 「…あー、よく考えると、特別扱いしちゃったなぁー…  天使たちにも、工場見学でもしてもらおうか」 「…ああ、そうだぁー…」と美佐は言って、うなだれた。 「でもね、美佐ちゃんのお母さんのエリカさんだって、  特別扱いを受けていたんだよ。  松崎拓生さん、松崎苦楽さん、寺嶋皐月さんにね」 源の言葉に、「へー…」と美佐は驚きの声を上げた。 「だから真似してもいいってわけじゃないけど、  あまり気にする事もよくないことだからね」 「うん、お兄ちゃんっ!」 美佐は元気な声で満面の笑みを浮かべて返事をした。 源は二時間ほど仕事をして、美佐と手をつないで、異空間部屋を出た。 「ほら、時間が経ってない」 源が壁掛け時計を見て言うと、「うわー… ふしぎぃーー…」と美佐は言って時計を見上げて凝視した。 「今日の仕事は終わりだよ。  …兄妹になったお祝いって、特別扱いじゃないからね。  何かない?」 源の言葉に美佐は、「じゃあ、今の、時間が経ってない時間が楽しかったから…」と美佐は源に顔を向けて笑みを浮かべた。 「あー、うれしいなぁー…  よろこんでもらえたようだ」 源は言って、美佐を抱き上げた。 「あっ!」と美佐は言って、顔を真っ赤にした。 「あー、やっぱり両方のようだね。  どうする?」 源の言葉に美佐は、「今も好き…」と答えたので、源は美佐を抱き上げたまま歩き始めた。 兄を失くした妹。 妹を亡くした兄。 ふたりはあのおもちゃ屋で兄妹になっていた。 「…お兄ちゃんと出会えてありがとう…」 美佐は誰に言うともなく言って、しっかりと源を抱きしめた。
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