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葉桜になり、それも散り、春風の中に初夏の気配を感じる季節になった。
ゴールデンウィークはどうするんだろう、さすがに一度くらいは会いたいかも。
そう思いつつ言いだせないでいるうちに、わたしは季節外れのインフルエンザに罹った。A型だった。
予防接種は年末に打ったのに。
部屋にこもって布団にくるまり、がたがた震えながら高熱と悪寒と全身の痛みに耐えた。
ひとりきりで、大垣くんのちょっと高めの声や、「自分」という一人称や、好んで着ているボーダーシャツの色合いや、ワックスで毛束感を出した茶色い髪や、車の中のさりげない芳香なんかをひとつひとつ胸の中に蘇らせた。
彼にこの状況を知って甘い言葉をかけてほしいような、何も知らずに涼しい顔で車を走らせていてほしいような、説明しがたい感情を持て余した。
大型連休の始まるぎりぎり直前に復活して出社したわたしは、ホワイトボードのどこにも「大垣仁志」がないことに気づいた。
少なくとも、わたしと過ごすようになってからはただの一度も欠勤したことのない人だった。
得体の知れない不安が胸を叩く。
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