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ぴちゃん、ぴちゃん、と、規則的に響く音だけが、太一の意識にするりと入り込んでくる。ゆっくりと瞳を開けると、明るすぎるくらいの人工的な白が眩しくて、思わず顔をしかめた。
・・・あれ、僕、何して
体がだるくて、動かすのが億劫だった。視線だけ彷徨わせると、カーテンのかかった窓にもたれて、円加さんがうたた寝をしていた。
・・・ここ、どこだ
じわじわと覚醒していく思考。そうだ、僕は、渉とクラブで話をして。それから、・・・それから?
瞳を開けると怜悧な印象の円加さんは、まるで女神のように穏やかな顔で寝息を立てている。なんとか体を起こし、愛しい人の名前を呼んだ。
「円加さん」
声がガラガラで、自分のものではないみたいだった。それでも、円加さんは慌てたようにぱちっと目を見開いた。
「太一」
円加さんは椅子から腰をあげると、ベッドに近寄って太一を強く抱きしめた。肩が震えている。円加さん、顔が真っ白で血の気がない。太一もそっと抱き返す。そこで、左腕に点滴が刺さっていることに気づいた。
「体は、辛くないか」
苦しそうな声。胸が締め付けられるような、暖められるような、不思議な気持ちになる。円加さんの胸に頬ずりをして、太一はできるだけ明るい声で言った。
「全然平気。ていうか、ここは?まさか病院?」
よかった、と独り言のような呟きが聞こえた後、後頭部にキスをされた。
「ああ。ぐったりして気を失ってたから、焦って連れてきた。顔が真っ白で震えてて・・・すっげえ心配した」
「うん、心配かけてごめんね。・・・あの、クラブであの後、どうなったの?ていうか僕、どれくらい眠ってた?」
円加さんの体がピクリと強張った。
「まだ明け方にもなってねえよ。あれから、九時間くらい経ったかな。詳しいことはまた後で話してやるから、今はとにかく寝てろ。・・・太一にも、聞きたいことがあるしな」
その言葉に、太一の心が重く沈んだ。渉から、何をどこまで聞いたんだろう。円加さんがため息をついた。
「安心しろ。別に太一を責めたりしねえよ。ただ、やっぱり知っとかなきゃならないことはあるだろ」
背中をポンポンと撫でられる。円加さんにもたれたまま、太一はゆっくりと深呼吸した。いつもの円加さんの香り。太一を安心させる、唯一の匂い。
「あ、そうだ、円加さん」
「ん?」
太一は上目遣いで切れ長の瞳を覗き込む。これだけは先に言っておかなければと思った。
「渉と、ちゃんと別れたよ。・・・たぶん。合宿の後から、その、わりと色々こじれていたんだけど」
円加さんが目元を引きつらせる。ゾッとするほど険しい表情。思わず視線を逸らした。
「知ってる。渉から聞いた」
「そっか」
「迷惑かけてごめん、ってさ」
「ほんとだよ。・・・あれ、円加さん、その手?」
円加さんの右手に、ぐるぐると包帯が巻かれている。うっすらと血が滲んでいた。
「ショーの途中で、昴にVIPルーム呼び出されてさ。お前が倒れてるのを見て頭にきて、渉をボコボコに殴った」
吐き捨てるように円加さんが言う。太一の胸が鋭く痛んだ。
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