猫と綺羅星

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   繁華街(はんかがい)の、裏路地を少し進んで密集したビルの地下に入ると、"Black Veil(ブラックベール)"という店は存在した。  店の中には凸型のステージがあって、取り囲むように観客たちがスマホのカメラを起動させ、ステージに熱い視線を(ささ)げている。ここはゲイクラブだけれど、今日は彼らが愛用している下着ブランドの新作を発表するショーが開かれていた。  華やかな肉体を持つ男たちが下着ひとつを身にまとい、センターステージを颯爽(さっそう)と歩いている。ポージングを決めるたび、品のない歓声が沸き起こった。  モデルたちが身につけているのはひどく扇情(せんじょう)的なデザインのものばかりで、布の面積が極端(きょくたん)に小さい。  猫森(ねこもり)太一はひとり離れたカウンター席に腰掛け、甘いマスカット系のカクテルを一口すする。スマホで時間を確認すると、待ち合わせの時間を過ぎていた。  店の入り口はかたく閉ざされていて、誰かが現れる様子はない。  ・・・すっぽかされたかな、今日は。  アプリで今晩の相手をと誘われここにきたけれど、太一はもう諦めていた。  せっかく準備してきたのに、どうすっかな。  もともと人見知りなので、こんな時に誰かをナンパすることもできない。諦めて家でひとり、(なぐさ)めようか。  カクテルを一気にあおってグラスをおいた瞬間、ステージの方からひときわ大きな歓声があがった。目をこらすと、色素の薄い長髪を揺らしながら、抜群(ばつぐん)のプロポーションをした男が登場したところだった。  誰だ?有名な人?  気になってステージに近づく。見たことのない男だった。けれど、恐ろしく顔が整っている。色白の肌と相まって、冷たい女王様のような雰囲気だった。男は挑発的に微笑むと、くるりと身を(ひるがえ)す。再びの歓声。あちこちでシャッターの切れる音。下着は尻の部分が大きくえぐれていて、ほとんど裸に近いような後ろ姿だった。モデルはそのまま奥に歩き去っていく。  すっげえ・・・  モデルの色気にあてられた観客たちは、名残惜しそうに叫んでいた。 「ずば抜けて綺麗でしょ、彼」  耳元で声がした。驚いて振り向く。こちらの顔には見覚えがあった。アプリ内で、太一にメッセージを送ってきていた男。 「待たせちゃってごめんね。カズくんだよね?」  男は太一のハンドルネームを呼んだ。 「今日はもう来ないかと。こんな暗いところで、よく僕だってわかりましたね」 「服装書いてくれてたでしょ。写真も変に加工されてなかったから、横顔見てすぐわかったよ」  男はアプリ内で”スバル”と名乗っていた。写真で顔は知っていたが、実物の方が魅力的だった。ゆるくウェーブがかった黒髪に、短く揃えられた顎髭(あごひげ)が色っぽい。 「すごいっすね。スバルさん、探偵とか向いてそう」 「ふふ。”渉”でいいよ。そう呼びたいんでしょ?」  太一の胸が鋭く痛む。 「・・・変なお願いしちゃって、すみません」 「気にしないで。それにしても、ずいぶんと潔癖(けっぺき)な彼氏だよね。セックスNGなんて、俺ならすぐ別れるけど」 「いいんです。渉とは、恋人になれただけで満足なんで」  スバルさんは、そっと太一の腰に手を回した。 「嘘。満足なんてしてないでしょ」  スバルさんの手が、太一の腹をなでるように通り過ぎ、硬くなり始めていたそこを包み込んだ。心臓が高鳴る。 「スバルさん」 「実は俺、この(ハコ)のオーナーなんだよね。奥に休憩室があるんだけど、どうしたい」  太一は、スバルさんの手に自分の手をかぶせる。 「はやく連れてってください」  スバルさんがふっと笑った。こめかみにキスをされる。期待で体が熱くなった。 「おいで」 肩を抱かれたまま、二人で奥の扉をくぐり抜けた。    
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