猫と綺羅星

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 フロアの隅に置かれたテーブル席では、ラフな服装の大人たちが、大量の紙とにらめっこしながら何やら話し合っている。彼らは、ショーの演出家とプロモーター、それにブランドの顔となるデザイナーの人たちらしい。その脇に、この前ステージを歩いていたモデルたちもチラホラといた。  合流しに行く昴さんと円加さん。太一は、入り口の近くのカウンター席に座って、様子を眺めていた。  先ほどまではただの大学生の顔をしていたのに、大人たちに混ざると、急に知らない人みたいに見える。円加さんはとても真剣な顔で、次のショーに向けてコンセプトのアイデア出しをしていた。  円加さん、楽しそうじゃん。いいなあ。  あんなに美人でかっこよくて、おまけに夢中になれるものを持っている。自分と比べてしまい、また気分が落ち込みそうになった。  ・・・やばいやばい。せっかく気晴らしに連れてきてくれたのに。  入り口で昴さんからもらったミネラルウォーターをぐいっと流し込んだ。  円加さんが紙袋を手渡され、別室へと消えていく。何だろうと思っていたら、ガウンを身にまとって戻ってきた。大人たちの合図でするりとガウンを脱ぐ円加さん。その下には、ローライズのボクサーパンツを()いていた。濃いブルーのベースに白いラインが入っていて、爽やかだけれど凛々しいデザインが、円加さんによく似合っていた。他のモデルたちも次々と奥から現れ、同じように下着一枚で軽くポージングをしている。  あれが、新作なのかな。  太一は、無意識にカバンからルーズリーフと鉛筆を取り出した。腰に手をあてて髪をかきあげる円加さんを、無心でスケッチしていく。  嫌なことを忘れて心を落ち着かせたいときに、太一はいつも絵を描いていた。はじめは荒いスケッチから、だんだんと細かく細部を埋めていくうちに、自分の感情がふわりと切り離され、思考がクリアになっていく。    円加さんはまた奥へと消え、今度は別の下着を身につけて戻ってきた。黒い(ひも)のようなもので、前を隠す布を押さえつけているだけのシンプルなデザイン。過激だったけれど、下品ではなく、太一はとても綺麗だと思った。 「へえ。うまいじゃないか」  すぐそばから声がした。夢中で動かしていた手が止まる。自分の世界に沈み込んでいた意識が浮上し、気づくと男が後ろで太一のスケッチを(のぞ)き込んでいた。  プロモーターだか演出家だか、こっそり紹介された大人のうちの一人だった。どこかもっさりとした印象を与えるこの男は、散らばったルーズリーフを手にとって、パラパラと眺めている。 「絵、描いて長いの?」  何を聞かれているのかすぐにはピンとこなかったけれど、何となく歴を問われているのだと思った。 「長い・・・んですかね?まだ一年ちょいくらいなんですけど」  絵を描きはじめたのは、渉との大ゲンカをしたあの日からだった。  男が、他にもあるなら見せてといい、少し恥ずかしかったけれど、太一はスマホで撮っていたデッサンを何枚か見せた。男が楽しそうに笑った。 「わあ、本格的だね」 「これ、大学の講義で描いたやつです。絵とかあんま興味なかったけど、試しにとってみたらわりと面白くて」 「大学って、4年制の?美術の講義とかあるんだねえ」 「うちの大学緩いから、結構何でもありっすよ」 「あーらら。島ちゃん若い子と何話してんの?」  前を向くと、また別の大人が、人懐っこそうな笑みを浮かべて近寄ってきた。銀フレームの眼鏡をかけて、タバコを(くゆ)らせている。 「これ、この子が描いたんだって。円加ちゃん」 「どれどれ・・・へえ、なかなかいいじゃない」  眼鏡の奥の目が、興味ぶかげに太一のスケッチの上をせわしなく移動する。  すぐにニカッと笑い、二人の大人たちはキャッキャしながら、楽しそうに太一のスケッチに描かれた円加を褒めたたえた。  やがて、島ちゃんと呼ばれた男が思い立ったように口を開く。 「ねえ松木さん。次の広告、この子に描いてもらったら?」
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