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「渉。珍しいな、学館にいんの」
太一は笑顔を作った。円加さんは口を閉ざす。冷ややかな視線を感じた。渉がくしゃっと笑う。
「この前話したろ。学祭のエントリー、今日からなの。うちのサークルもこれから申請してくる」
「ああ、そうだっけ」
何でだろう。いつも通り話しているだけなのに、円加さんが見ていると思うと変に緊張した。体が渉と向き合ったまま動かせない。またあの軽蔑した目をされているのかなと考えると、怖くて顔を見れなかった。
「ふたりって最近よくつるんでるよなあ」
無邪気な笑顔。渉の言葉に深い意味はなく、ただそう思ったから言っただけらしい。別に深い意味なんて、今更期待もしていないけれど。
「えっと、同じバイト始めてさ」
「そうなの?バイトってどんな」
ふっと肩に重さを感じる。柔らかな長髪が、太一の頬をくすぐった。スパイスの効いた独特の甘い香りが漂う。
「恋人には言えないよなあ、太一」
円加さんの腕が、太一の肩に回されていた。渉がぽかんとした顔をする。耳元で、低く艶のある声が優しく鼓膜を震わした。
「バイトじゃなくて、奉仕活動だろ。ふたりっきりの部屋で、俺に夢中になりすぎてクタクタになっちゃうようなことだよ」
「はぁっ?!何言ってんの円加さ」
耳に息を吹きかけられ、背筋が伸び上がる。反射的に変な声が出た。慌てて口元を抑える。冷や汗が伝った。
さすがに今のは冗談としてもダメだろ、そう思ったけれど、渉はなんてことないように軽やかに声を上げた。
「どんだけ仲良しだよ、お前ら」
痛みには慣れたと思っていたけれど、どうやら勘違いだったらしい。円加さんはひどく棒読みの口調で、
「まあな」
とだけ言った。肩に乗せられた腕が重い。このままどこまでも沈んでいきたくなった。
渉と別れ、円加さんと無言のまま予約していた部屋まで歩く。円加さんが先に中に入り、太一の方を振り向いた。あの見下したような目。顔を逸らしたくて、わざわざ向き直ってドアを閉める。円加さんがつかつかと近寄ってきて、太一の顔の横に片腕をついた。すぐ後ろに円加さんの気配。前後を挟まれた太一は、ドアを向いたまま身動きが取れなくなる。
「お前、あれで脈あるとか本気で思ってんの」
「ちょっと黙ってくれない」
「嫉妬するフリすらしないんだな、あいつ」
「・・・円加さん。どいて。準備したいから」
太一の反応が気に障ったのか、円加さんの声がより一層低く響いた。
「わかってんだろ。あいつ、たぶんゲイじゃねえよ。人よりちょっと特別に見られたくて、ファッション感覚でセクシュアリティを語ってるだけ」
「違う!!!」
「さっさと振れよ、あんなやつ」
咄嗟に振り向く。円加さんが太一の顎を挟んで、そのままキスをした。時間が止まる。柔らかな感触が、いつまでも唇に残った。ハッと我に返って、円加さんを突き飛ばす。強く押したつもりだったけれど、ビクともしない。ただ、ゆっくりと唇が離されただけだった。
「知ってた?俺、ポジションでいうとタチなんだよ」
「だったら何だよ」
円加さんの手が、するりと太一の腰を撫でる。
「俺たち、セックスできちゃうなって」
ぞっとするほどの美貌が、蠱惑的に歪んだ。
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