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「・・・人を揶揄って楽しいか?言っておくけど僕、別に慰めてほしいなんて思ってないから」
円加さんの試すような瞳がまっすぐ太一を見ている。
「揶揄ってねえよ。たった今、お互い確かめあっただろ?ああ、こいつとは抱き合えそうだって」
太一の唇を、円加さんの親指がなぞった。先ほどの柔らかな感触がよみがえる。ゆっくりと深呼吸した。
「円加さん。デッサン、続けよ。早くしないと時間が無くなる」
「今日じゃなくたってできるだろ。なあ、俺はさっき、太一を抱けるってはっきり思った。あんたはどうなの」
「関係ない。僕は円加さんと寝る気はないし」
「へえ?ぜったい相性いいのにな」
円加さんの指先が、服の上から太一の後ろに触れた。太腿の間を、長い脚が割って入ってくる。煽るような口づけが、耳の後ろから顔のラインを、辿るように落とされていく。円加さんの匂い。五感すべてを刺激する存在感。目の前に晒された白く硬い首筋が、太一の唇に意図せず触れた。
これが、渉だったら。自分から口づけを返すのに。
どうにもならない思いと現実が、太一の心を冷やしていく。
「渉も知っている人間と寝るなんて、そんなに神経太くないから。僕は」
「そんなこと気にするやつだったの?散々他の男に抱かれてきたくせに」
「それは、他人だからいいんだよ。円加さんと寝たら、渉に関係を隠さなきゃならないだろ。それは性欲処理じゃなくて、ただの裏切りだ」
円加さんが髪をかき上げる。
「俺と付き合えよ、太一」
「は?」
「あいつと別れて、堂々と俺と付き合えばいい。そこまでしたら、さすがにあの無神経な木偶を嫉妬させられるかもよ」
「・・・なんだそれ」
話が飛びすぎだ。ついていけない。
「するわけないだろ、そんな、渉を弄ぶようなこと」
「もっと軽く考えろって。試しに俺と付き合ってみて、俺に抱かれてみて、違うなって思ったら別れて友達に戻ればいいだけだ。もしかしたら太一は渉との仲が深まるかもしれないし、俺らは予想以上に気持ちよくなれちゃって、そのままずぶずぶと新しい関係を続けられるかもしれない」
円加さんは楽しげに片頬を吊り上げる。
・・・この人とは、考え方が違いすぎる。
「ダメだよ。たぶん僕らは合わない。体の相性とかの話じゃなくて、人間として違いすぎる。それに僕は、渉とは別れない」
理解できないという風に、円加さんは眉をひそめた。
「なんで?時間の無駄だろ」
舌打ちをしそうになった。自分の中で、何かが逆流していくように不快感が広がる。この人とは、きっと一生分かり合えないと思った。
「円加さんに言われなくても、渉が僕らと同じじゃないってわかってるよ。でもだからこそ、僕が渉と付き合えてんのは奇跡みたいなもんなんだよ。どんな形でも手放したくないって思って悪いかよ。無駄とか余計なお世話だ。あんたには関係ないだろ」
円加さんのこめかみに青筋がたった。目じりがピクリと動く。突き刺さるように冷たい声が、しんと静まり返った室内に響く。
「あっそ。ならいいよ。・・・このままデッサン続けようぜ」
ひどく落ち着いた動きで、円加さんは服を脱ぎはじめた。身に着けていたシャツがはらりと床に落ち、獣のように隆起した肉体が現れる。静寂が立ち込める室内。暴力的なまでに研ぎ澄まされたその体は、円加さんの荒ぶった心の内を表しているようで、なんだか見てはいけないもののように思えた。
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