猫と綺羅星

16/44
前へ
/44ページ
次へ
「・・・人を揶揄(からか)って楽しいか?言っておくけど僕、別に(なぐさ)めてほしいなんて思ってないから」  円加さんの試すような瞳がまっすぐ太一を見ている。 「揶揄(からか)ってねえよ。たった今、お互い確かめあっただろ?ああ、こいつとは抱き合えそうだって」  太一の唇を、円加さんの親指がなぞった。先ほどの柔らかな感触がよみがえる。ゆっくりと深呼吸した。 「円加さん。デッサン、続けよ。早くしないと時間が無くなる」 「今日じゃなくたってできるだろ。なあ、俺はさっき、太一を抱けるってはっきり思った。あんたはどうなの」 「関係ない。僕は円加さんと寝る気はないし」 「へえ?ぜったい相性いいのにな」  円加さんの指先が、服の上から太一の後ろに触れた。太腿(ふともも)の間を、長い脚が割って入ってくる。(あお)るような口づけが、耳の後ろから顔のラインを、辿(たど)るように落とされていく。円加さんの匂い。五感すべてを刺激する存在感。目の前に(さら)された白く硬い首筋が、太一の唇に意図せず触れた。  これが、渉だったら。自分から口づけを返すのに。  どうにもならない思いと現実が、太一の心を冷やしていく。 「渉も知っている人間と寝るなんて、そんなに神経太くないから。僕は」 「そんなこと気にするやつだったの?散々他の男に抱かれてきたくせに」 「それは、他人だからいいんだよ。円加さんと寝たら、渉に関係を隠さなきゃならないだろ。それは性欲処理じゃなくて、ただの裏切りだ」  円加さんが髪をかき上げる。 「俺と付き合えよ、太一」 「は?」 「あいつと別れて、堂々と俺と付き合えばいい。そこまでしたら、さすがにあの無神経な木偶(でく)嫉妬(しっと)させられるかもよ」 「・・・なんだそれ」  話が飛びすぎだ。ついていけない。 「するわけないだろ、そんな、渉を(もてあそ)ぶようなこと」 「もっと軽く考えろって。試しに俺と付き合ってみて、俺に抱かれてみて、違うなって思ったら別れて友達に戻ればいいだけだ。もしかしたら太一は渉との仲が深まるかもしれないし、俺らは予想以上に気持ちよくなれちゃって、そのままずぶずぶと新しい関係を続けられるかもしれない」  円加さんは楽しげに片頬を吊り上げる。  ・・・この人とは、考え方が違いすぎる。 「ダメだよ。たぶん僕らは合わない。体の相性とかの話じゃなくて、人間として違いすぎる。それに僕は、渉とは別れない」  理解できないという風に、円加さんは眉をひそめた。 「なんで?時間の無駄だろ」  舌打ちをしそうになった。自分の中で、何かが逆流していくように不快感が広がる。この人とは、きっと一生分かり合えないと思った。   「円加さんに言われなくても、渉が僕らと同じじゃないってわかってるよ。でもだからこそ、僕が渉と付き合えてんのは奇跡みたいなもんなんだよ。どんな形でも手放したくないって思って悪いかよ。無駄とか余計なお世話だ。あんたには関係ないだろ」  円加さんのこめかみに青筋がたった。目じりがピクリと動く。突き刺さるように冷たい声が、しんと静まり返った室内に響く。 「あっそ。ならいいよ。・・・このままデッサン続けようぜ」  ひどく落ち着いた動きで、円加さんは服を脱ぎはじめた。身に着けていたシャツがはらりと床に落ち、獣のように隆起(りゅうき)した肉体が現れる。静寂(せいじゃく)が立ち込める室内。暴力的なまでに研ぎ澄まされたその体は、円加さんの荒ぶった心の内を表しているようで、なんだか見てはいけないもののように思えた。
/44ページ

最初のコメントを投稿しよう!

94人が本棚に入れています
本棚に追加