猫と綺羅星

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**  強く肩を叩かれ、太一は喧騒に引き戻された。 「太一、飲んでる?」  渉が、キョトンとした顔で(のぞ)き込んでいる。まわりでは、サークルのメンバーがグラス片手に騒いでいた。同期の男が、新入生にコールのレクチャーをしている。 「ぼちぼちね」  温くなったビールを無理やり(のど)に流し込み、微笑んで見せた。渉が心配そうに眉を寄せる。 「最近お前、元気なくね?」  太一は苦笑いでごまかした。  お前のせいだバカ、そう言ってやりたかった。でも言わない。面倒だと思われたら、恋人どころか友人のポジションさえ、きっとなくなってしまうから。 「大丈夫だって。つうか渉、新入生ともっと話さなくていいの?今年可愛い子多いじゃん。今のうちにもっと仲良くなっておけよ」 「今は太一の心配してんの。新入生よりお前の方が大事なんだよ」  渉が真剣な顔をしている。少し怒ったようだった。向かいに座る千紗が、それとなく聞き耳をたてていることに気づく。 「わかってるって。今のは冗談だよ」  拳で、渉の胸を軽く叩く。太一ができる、精一杯のスキンシップだった。 「いいや、ぜったい無理してるわ。顔暗いもん。なあ、何かあんなら俺に相談しろよ」  太一はチラリと千紗を見た。一瞬、鋭い視線が飛んでくる。 「・・・ここじゃあ、ちょっとな」  渋ってみせると、 「わかった。じゃあこの後二人で飲み直そうぜ。俺二次会出ないことにするから」 「え、渉来ないの?嫌だ。一緒に飲もうよ」  すかさず千紗が口を挟んだ。頬が赤く火照(ほて)っていたが、頭はしっかりしているらしい。先程トイレに立ったのは、酔った風のメイクでもするためだったのかもしれない。 「悪いけど、太一とふたりで話したいからさ」 「えー!じゃあ千紗も行く!」 「そんなこと言っても、なあ・・・?」  渉が様子を伺うように太一を見た。いや、そこは渉から断れよ。  苛立ちが(つの)っていく。 「なら、千紗と渉で飲み直しなよ。僕のことは気にしなくていいから」 「いやいや、太一の相談にのるんだよ!」 「でも、悩みとかってあまり渉以外に話したくないし」 「まあ、そっか、だよな。・・・千紗、悪いけど今回はごめん」  太一たちは席を立ち、会のお開きより先に会計を済ませる。居酒屋を出る間際(まぎわ)、千紗が太一に(ささや)いた。 ”余計なこと言ったら、愛想尽かされるのはあんたの方だから” 「さあて、どこで飲む?行きたいとこあれば言って。太一が話をしやすい方がいいだろうし」  別に話なんてどこだってできるけど。  ちらりと渉を見る。にこにこと気さくな笑みを浮かべていた。太一の心の中に、むくりと湧く好奇心。あまりアルコールは飲まなかったけれど、今なら何でも言ってしまえそうな気がした。千紗や円加さんへの苛立ちが、太一の理性をじわじわと麻痺(まひ)させているのかもしれなかった。  ・・・ずっと確かめたいと、いや、試したいと思っていた。 「渉、ゲイクラブって行ったことある?」  渉が目をパチクリさせる。 「ゲイ・・・クラブ?いや、ねえけど」 「そう。もし渉が興味あればなんだけどさ、行ってみない?知り合いがやってる店があるんだよね。クラブだから店内はうるさいんだけどさ、そういう場所の方が僕、人の目とか気にせず相談できるかも」  少しの間。けれどすぐに、渉は目を輝かせた。 「・・・へえ!面白そうじゃん。なんて店?」 「Black Veilっていうんだ」 「ふうん?どういう意味なのそれ」 「さあ?・・・知り合いとは、そういう話をする間柄じゃないからな」    
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