94人が本棚に入れています
本棚に追加
**
強く肩を叩かれ、太一は喧騒に引き戻された。
「太一、飲んでる?」
渉が、キョトンとした顔で覗き込んでいる。まわりでは、サークルのメンバーがグラス片手に騒いでいた。同期の男が、新入生にコールのレクチャーをしている。
「ぼちぼちね」
温くなったビールを無理やり喉に流し込み、微笑んで見せた。渉が心配そうに眉を寄せる。
「最近お前、元気なくね?」
太一は苦笑いでごまかした。
お前のせいだバカ、そう言ってやりたかった。でも言わない。面倒だと思われたら、恋人どころか友人のポジションさえ、きっとなくなってしまうから。
「大丈夫だって。つうか渉、新入生ともっと話さなくていいの?今年可愛い子多いじゃん。今のうちにもっと仲良くなっておけよ」
「今は太一の心配してんの。新入生よりお前の方が大事なんだよ」
渉が真剣な顔をしている。少し怒ったようだった。向かいに座る千紗が、それとなく聞き耳をたてていることに気づく。
「わかってるって。今のは冗談だよ」
拳で、渉の胸を軽く叩く。太一ができる、精一杯のスキンシップだった。
「いいや、ぜったい無理してるわ。顔暗いもん。なあ、何かあんなら俺に相談しろよ」
太一はチラリと千紗を見た。一瞬、鋭い視線が飛んでくる。
「・・・ここじゃあ、ちょっとな」
渋ってみせると、
「わかった。じゃあこの後二人で飲み直そうぜ。俺二次会出ないことにするから」
「え、渉来ないの?嫌だ。一緒に飲もうよ」
すかさず千紗が口を挟んだ。頬が赤く火照っていたが、頭はしっかりしているらしい。先程トイレに立ったのは、酔った風のメイクでもするためだったのかもしれない。
「悪いけど、太一とふたりで話したいからさ」
「えー!じゃあ千紗も行く!」
「そんなこと言っても、なあ・・・?」
渉が様子を伺うように太一を見た。いや、そこは渉から断れよ。
苛立ちが募っていく。
「なら、千紗と渉で飲み直しなよ。僕のことは気にしなくていいから」
「いやいや、太一の相談にのるんだよ!」
「でも、悩みとかってあまり渉以外に話したくないし」
「まあ、そっか、だよな。・・・千紗、悪いけど今回はごめん」
太一たちは席を立ち、会のお開きより先に会計を済ませる。居酒屋を出る間際、千紗が太一に囁いた。
”余計なこと言ったら、愛想尽かされるのはあんたの方だから”
「さあて、どこで飲む?行きたいとこあれば言って。太一が話をしやすい方がいいだろうし」
別に話なんてどこだってできるけど。
ちらりと渉を見る。にこにこと気さくな笑みを浮かべていた。太一の心の中に、むくりと湧く好奇心。あまりアルコールは飲まなかったけれど、今なら何でも言ってしまえそうな気がした。千紗や円加さんへの苛立ちが、太一の理性をじわじわと麻痺させているのかもしれなかった。
・・・ずっと確かめたいと、いや、試したいと思っていた。
「渉、ゲイクラブって行ったことある?」
渉が目をパチクリさせる。
「ゲイ・・・クラブ?いや、ねえけど」
「そう。もし渉が興味あればなんだけどさ、行ってみない?知り合いがやってる店があるんだよね。クラブだから店内はうるさいんだけどさ、そういう場所の方が僕、人の目とか気にせず相談できるかも」
少しの間。けれどすぐに、渉は目を輝かせた。
「・・・へえ!面白そうじゃん。なんて店?」
「Black Veilっていうんだ」
「ふうん?どういう意味なのそれ」
「さあ?・・・知り合いとは、そういう話をする間柄じゃないからな」
最初のコメントを投稿しよう!