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頭の割れるようなボリュームで鳴り響く音楽。揺れるホールと熱気。渉はバーカウンターで硬直しながら、自分の手元だけを必死で見続けていた。二人の隣には、いちゃつくゲイのカップル。
・・・まあ、そういうリアクションだろうとは思ったけど。
千紗の言葉が、脳裏によみがえる。
”愛想尽かされるのは、あんたの方だから”
「なあ、渉」
「・・・え?なんか言った?」
太一は少し声を張った。
「千紗とは最近どうなの」
「なんで千紗?どうって、別にこれまでと変わらないよ」
「・・・何となく聞いてみただけ」
これまでと変わらないということは、体の関係も続いているわけだ。
こいつ、女を見る目がないんじゃないのか。
そう思っても、余計なことは言わない。嫉妬なんて見せない。関係を持った女を切れだとか、そんな醜さ丸出しの懇願なんてしてやるか。
そうじゃないと、あの日渉を許してしまった自分を許せない。
その時、ポンと肩を叩かれた。
「久しぶりだね。姿が見えたから声かけに来ちゃったよ」
昴さんだった。渉が頭にハテナを浮かべているので紹介してやる。穏やかな物腰に安心をしたのか、渉は笑顔で挨拶を返した。
「どうも。太一の恋人で、渉って言います」
昴さんの瞳が興味深そうに見開かれる。
「ああ、君がそうなのか」
口元が薄っすら笑みの形を作っていた。昴さん、楽しんでんな。その時、隣のカップルが渉にぶつかった。渉が呻くような声を出す。強張った目元。何か決定的なものを見てしまったような顔。
渉のポケットで、スマホが震える。
着信:千紗
渉が画面を確認するのを盗み見る。ほっと安堵した表情を浮かべた。
「ちょっと電話出てくるわ」
そのままいくら待っても、その日渉は戻ってこなかった。
「渉くんの、どこが好きなの?」
円加さんと同じことを、昴さんが問うた。けれど円加さんと違って、ひどく声が優しい。顔を見ると、いつもの柔らかい眼差しで太一を見ていた。
「・・・優しい、ところです」
説得力がなさすぎて自分でも笑える。けれど、昴さんは素敵だねと言ってくれた。深夜を回って、店が閉まろうとしている。客はあらかた帰っていき、ホールの中は昴さんと二人っきりだった。
「今日は奢るよ」
昴さんはバーカウンターの内側へ入り、前と同じように何やらカクテルを作ってくれた。シェイカーを振る姿がかっこよくて眺めていると、
「やってみる?」
「いいんですか」
「もちろん」
昴さんがウインクをした。キザな仕草がとても似合う。太一もカウンターの内側へ入り、見よう見まねでシェイカーを振った。
「初めてのわりに、上手じゃない」
太一が作ったカクテルは、昴さんが飲み干してくれた。キッチン側のカウンターは低めで、腰をかけるのにちょうどいい。作業台にもたれると、台に載せた両手を昴さんが上から被せるように抑えつけた。クロスした両脚を、長い足で無理やり解かれる。昴さんと向かい合ったまま、いつの間にか太一は、台に体を固定されていた。
「名前、太一って言うんだね」
「そういえば、まだ教えてなかったっすね」
そのまま唇が重なった。昴さんとのキスはいつも胸がいっぱいになって、呼吸を忘れてしまいそうになる。何度も何度も、食むように。互いの唇を押しつけ、柔らかな感触を求め合う。繰り返される口づけの隙をついて、昴さんの舌が内側に差し込まれる。目を細めながら、舌先をくすぐられた。触れるか触れないかくらいの緩い刺激。もどかしい。後を追うようにしておびき出された舌に、昴さんがちゅるりと吸い付く。そのまま激しく啜られた。体勢を変えられず、されるがままに堪能される。荒々しい吐息に興奮した。心地よい息苦しさ。口の端から唾液が溢れる。昴さんが、舌を這わせながら全てを舐め上げた。
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