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甘すぎる愛撫。昴さんはいつもとろけるように優しくて、嫌なことすべてを忘れさせてくれる。円加さんとは真逆だ。あの人は、いつも太一を追い詰めるから。視界に入れた瞬間に目が離せなくなるあの美貌の男は、見ないようにしてきたもの全てを太一の眼前に突きつける。そして、太一が目をそらすことを許さない。
逃げてばかりなのはダメだとわかっているけれど、今はただひたすらに甘やかされたい。何も考えたくない。昴さんに抑えつけられると、身を委ねていいんだと思える。密着した下半身が、互いがもう我慢の限界だと伝えていた。深い口づけが、焦らされるように退いていく。もどかしい。両脚で昴さんの腰を挟み込み、硬くなった熱を擦りつける。
「こらこら。店内でこれ以上はダメだよ」
昴さんは楽しそうに目を細めた。
「最後までしてよ。も、立ってらんね・・・」
ずるりと台から滑り落ちそうなところを抱きとめられる。
「しょうがない子だなあ」
昴さんは片手でネクタイをほどくと、太一の両手を器用に縛り上げた。
「・・・何だか、逮捕された人みたい」
「はは。そんなとろけた顔で色気のないこと言わないの。それとも、今度はそういうプレイでもしてみる?」
額に口付けられ、そのまま抱っこされるように担がれる。子どもになったみたいで恥ずかしかった。2階のVIPルームまで運ばれると、昴さんがゆっくりとドアを開けた。
「あれ?円加、まだいたの」
その言葉にハッとして顔を向けると、ソファに寝そべった円加さんと目があった。互いに固まる表情。円加さんの手には企画書のような冊子が握られていた。
「・・・昴。使うなら先に言っとけよ」
円加さんが舌打ちをして、のっそりと体を起こす。甘い気分から一気に現実に引き戻された。心臓がばくばくと痛い。
「あ、待って円加。・・・ねえ太一くん、せっかくだから、また円加に見ててもらおうよ」
「え?」「は?」
部屋から出て行こうとする円加さんを呼び止め、昴さんはとんでもない提案をしてきた。動揺してなんて答えていいかわからない。
・・・この前はOKを出したのに、今回は急に断るのも変だよなあ。
でも、さすがに気まずい・・・
同じことを思ったのか、円加さんは忌々しそうな顔で、
「ざけんなよ、そんなことしてる暇ねえっつうの。もう帰るわ」
昴さんはきょとんとした顔をしていたが、悲しそうに肩を竦める。
「それは残念。・・・じゃあ二人で楽しもっか。今日はさ、君のことを太一って呼ぶから。俺のこともいつもみたいに渉って呼んでね」
昴さんの言葉に、部屋から立ち去ろうとしていた円加さんがピタリと動きを止めた。
「・・・何それ」
恐ろしく冷え切った声が聞こえてきた。
・・・昴さん。せめて、円加さんが立ち去ってから言ってくれたら。
正直、円加さんにはこのことを知られたくなかった。またあの軽蔑した目をしているんだろうか。心臓が縮こまる思いがする。
「いつもみたいにって、そいつ、いつも昴のこと渉って呼んで抱かれてんの」
空気が変わったことに気づいたのか、昴さんの声がかすかに強張る。
「・・・プレイの一環だよ。そういうのがあった方が燃えるでしょ」
「なるほどね」
円加さんが、ゆっくりとドアノブから手を離した。髪をかきあげながら、こちらを振り向く。
「気が変わった。いいぜ。見ててやるよ」
ぞっとするほど底冷えのする声で、円加さんは言った。ちらりと表情を盗み見ると、試すような強い瞳がまっすぐに太一を捉えていた。
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