猫と綺羅星

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 **  僕が咎瀬(とがせ)(わたる)と付き合い始めたのは、高校三年の春休みだった。  生まれた時からゲイだった僕は、そのことをずっとまわりに隠していた。渉は爽やかで明るく、女子によくモテていたけれど、別にタイプでもなかったし、はじめはただの友人のひとりだった。  ある日、受験が終わって暇をもてあました友人たちと、家で遊んでいた時のこと。僕がトイレに行っている(すき)に、僕のパソコンの検索履歴が、面白半分で漁られていた。部屋に戻ると、その当時僕がフォローしていたゲイビデオの男優のタイムラインを、みんなが凍りついた顔で眺めていたところだった。 「誰にも言わねえから」  そう約束した友人たちは翌日、クラスのグループラインで僕の性癖を暴露した。直後、仲の良かった他の友人たちからの個別ラインでトーク画面が埋もれていく。 『ゲイってまじ?』 『身近にホンモノがいたとは』 『ねーもしかして俺らの中に好きなやつとかいんの?』 『てか修学旅行で風呂いっしょだったよな?セクハラじゃね。きも』 『ウケる。なあ俺らの誰だったら抜ける?』  ネットで知り合ったゲイの友人からは、バレるとどんな地獄が待っているかを聞かされていた。三年間いじめ抜かれて自殺した仲間の話をされてから、十分気をつけていたのに。  終わった、と思った。全員と縁を切ろうとも思った。恐ろしい速さで未読のメッセージが溜まっていく。通知の音がうっとうしかった。  再びグループラインにメッセージが投稿される。 『ゲイだったらなんなの?お前に関係なくない?わざわざここでバラすとか、性格悪すぎんだろ』  渉だった。最悪の流れを考えていた僕は、そのメッセージから目が離せなくなった。すると、投稿を面白がっていたクラスメイトたちは一斉に手のひらを返しだす。今度は、暴露した張本人がグループラインで攻撃される番だった。  僕はしばらく呆然としていたけれど、すぐに渉にメッセージを送る。 『さっきの、ありがとう』  既読がついた。と思ったら、渉から電話がかかってきた。 「太一、大丈夫か」  不安そうな声音。あの陽に灼けた爽やかな顔が浮かぶ。渉は僕を心配してか、同性愛がいかに当たり前になっているかとか、差別する奴らが時代遅れかとかを必死で語っていた。  当事者の僕にとってはどれも聞いたことのあるような内容だったけれど、渉の気持ちが嬉しくて、黙って相槌(あいづち)を打っていた。 「渉。もう大丈夫だから。そんな風に(なぐさ)められると、いつか好きになっちゃうよ」  いつまでも渉が話し続けるので、冗談まじりでそんなことを言ってみた。渉の心配を和らげたかっただけなのだけれど、 「いいよ、別に」  思いのほか真剣に返されて、僕は言葉を失う。不意打ちすぎて、心臓がばくばくした。それから急に、渉のことが気になりだした。    春休みの間、渉と何度も会うようになった。渉が優しいのは知っていたけれど、あの電話の後から、その優しさをもっと強く意識するようになった。渉とキスする夢を何度も見た。渉に抱かれる夢も見た。とうとう()えられなくなって、渉に好きだと告白した。渉は嬉しそうに微笑んで、「付き合おう」と言ってくれた。  
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