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目が覚めると、VIPルームのソファで一人、横になっていた。服を着せられており、上からブランケットがかかっている。
・・・昴さんが体を拭いてくれたのかな。
ゆっくりと体を起こす。足腰に力が入らず、ソファから立ち上がれなかった。時計を見ると、すでに朝の11時を過ぎている。一限を寝過ごしてしまったらしい。スマホの充電が残り3%となっていた。同じ講義を取っている友人たちから、大量のラインが届いている。返信するだけで充電を使い切ってしまいそうだった。
キョロキョロとコンセントを探していると、昴さんが部屋に入ってきた。
「おはよう。体、大丈夫?」
朝風呂にでも入ったのか、さっぱりとした顔で、手にはココアを持っていた。
「ちょっと、立てないっす」
昴さんはクスリと笑う。
「無理させちゃったかな。あんまり太一くんが感じてくれるもんだから、楽しくなっちゃってつい・・・ごめんね」
今日はここでゆっくりしてなよ、そう言ってココアを渡してくれた。あったかい。
「いえ、こっちこそ。後始末とか諸々、ありがとうございました」
「ああ、それね。円加だよ」
「え?」
もう一つのココアを美味しそうに飲みながら、昴さんはいたずらっ子のように目を細めた。
「俺が太一くんの体を綺麗にしようとしたら、円加が『俺がやる』って君を抱きかかえてさ。いやあ、珍しいものを見たよ」
・・・うそだ。なんで。
太一のこと、軽蔑してるくせに。昨日だって、あんなに迷惑そうな顔してたじゃないか。
・・・それなのに、労ってくれたのか。
「まどかが太一くんのこと気に入ってるのは知っていたけど、ここまでとはね」
「・・・そんなはずないです」
「後でお礼言ってあげるといいよ。太一くんの後ろが腫れないように、あいつクリームまで塗ってケアしたみたいだから」
反射的に顔が赤くなった。てことは円加さんに指、入れられたのか。昴さんはずっとニヤニヤしている。太一はため息をついた。
「円加さんが何考えてんのか、正直わかんなくて」
「そう?」
「難しくないですか、あの人。すげえ冷たい目するし。・・・僕、あれ苦手」
「はははっ!円加は裏表ないからね、きついことも平気で言うけど。でも君が思ってる以上にシンプルだよあの子は」
信じられない思いで、ココアを一口すする。昴さんがまた笑った。
「円加みたいな子はちやほやされてきてる分、自分から人にすがることはしないから。恋人もアクセサリー感覚だし、どっか冷めた気持ちでいつも恋愛してきてるんだよ。円加のこれまでの恋人たちもみんなモデル出身で似たような境遇、割り切った関係でしか繋がったことがなかったんだ。・・・だから、太一くんみたいなタイプが信じられなくて、でも憧れてるんだよ。そういう、心からの執着みたいなもの」
「ふうん。だとしたら、円加さんはそういう恋愛をしている人間に興味があるだけで、やっぱり僕を気に入っているってわけじゃなと思いますね」
「太一くんは、想像以上に卑屈だよね」
昴さんの手が優しく太一の頭をまさぐる。ふわふわと暖かくて、心地いい。
「円加はね、本当に興味ない人間には無関心だよ。あれだけ強く感情を向けられているってことは、君のことが気になって気になってしょうがないんだ」
「・・・ただ近くにいた珍しい存在が僕だけだったからでしょ」
「太一くんは、自分で思っている以上に魅力的だよ。愛嬌があって可愛くて、食べちゃいたい」
パクッと耳をかじられる。昴さんのこういう子供っぽいところが、今の太一の唯一の癒しだった。
「それは、僕が昴さんのタイプだからでしょ」
「わかってないなあ」
耳元で息を吹きかけられる。思わず変な悲鳴をあげると、昴さんが茶目っ気たっぷりにウインクした。
「円加と俺は好みが似てるんだ」
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