猫と綺羅星

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**  週末の早朝。貸切の大型バスが、キャンパスの入り口に停まっていた。学生たちが大きなカバンを抱えて、正門の前にたむろしていた。  太一はバスの前で点呼を取っている渉を見つけると、片手を上げて声をかける。渉は一瞬気まずそうな顔をしたが、すぐに笑顔で手招きをした。 「遅いっつうの。新入生以外は45分集合だったろ」 「ごめん、忘れ物しちゃって。一回家に取りに戻ってたからさ」  よかった。普通に話せてる。いや、話そうとしている。渉にも、まだ太一と繋がる意思があるということか。緊張が(ほど)け、少し安堵(あんど)した。 「その、この前は悪かった。先帰っちゃって。・・・千紗が気分悪くなったみたいで介抱してたんだ」  先週のクラブでの一件があってから、太一は渉とまともに顔を合わせていなかった。 「そっか。仕方ねえよ」  表情を取り繕うのは得意だ。今までも、きっとこれからも、渉は太一の心に気づかないだろう。 「新歓合宿、行き先どこだっけ?」 「お前な、伊豆のセミナーハウスだよ。マジで話聞いてねえのな」  渉が呆れたように顔をしかめる。伊豆には、太一たちが通う大学が持つ宿泊施設があった。何をするのか知らないけれど、肝試しやら何やらアクティビティを準備しているらしい。 「あ、そうそう。バスの席順相談したかったんだけど、太一、円加と隣でもいい?」 「・・・僕が?」 「仲良かったろ、お前ら。道のり長いし、気を使わない相手のがいいだろ。・・・あ、円加!」  渉が太一の背後に目を留めて、にこやかに手を振る。軽く振り返ると、いかにも寝起きといった顔の円加さんがイヤホンを外していた。 「円加、太一とバスの席隣ね。いいよな?」  太一の返事も待たず、勝手に告げられる。円加さんは一瞬ぼうっとした顔をしていたが、意味を理解したのか、ちらりと太一に目を向けた。 「いいぜ、俺はどこでも」  仕方なく、太一も頷く。 「よっし!じゃあ先乗っとけよ」  大型バスといえども席は狭くて、見るからに窮窟(きゅうくつ)そうだった。 「・・・円加さん、窓側と通路側どっちがいい?」 「どっちでも」  ぶっきらぼうな返答。胃がキリキリと痛い。 「じゃあ、僕窓側座るね」  足元のスペースはやっぱり狭くて、うまく足を伸ばせなかった。円加さんなんかは特に足が長いから、折りたたんで収まっている様子がなんだか面白い。気づかれないようにひっそりと笑った。 「次、どうする?」 「え?」  唐突に、円加さんが言った。 「デッサンだよ。あれから、全然進めてねえじゃねえか」 「・・・ああ」  円加さんとも、あの日以来連絡を取っていなかった。納期が確かあと2週間後だったか。完全に頭から抜け落ちていた。 「合宿から戻ったら、またラインするよ。多分、あと六時間くらいあれば仕上がるから」 「わかった。逃げんなよ」 「逃げ・・・って、なんだよそれ」 「ずっと俺のこと避けてるから」  ・・・そりゃ避けるだろ、気まずいもん。なんでそんなわかりきったことをと思ったけれど、かろうじて顔には出さなかった。 「逃げないよ。仕事だし」 「あ、そ」  そこでふと、昴さんの言葉を思い出す。 「そういえば、ありがと。体、拭いてくれたって聞いた」  努めてフラットに言ったつもりだったけれど、円加さんに怪訝(けげん)そうな顔をされ、変な汗がダラダラと流れた。意識しないようにと思っていたのに、円加さんに触れらた感触が残っている気がして、動揺する。どういう態度でいればいいのだろうか。 「昴に聞いたのかよ。言うなっつったのに」 「割とあっさりバラしてたよ。その、いろいろとケアまでしてくれたって」 「いろいろって?」 「だから、あの、クリーム塗ったり、とか」 「・・・それだけ?」  円加さんがまじまじと太一を見る。それからニヤリと片頬を釣り上げて、太一の耳元に唇を寄せる。 「昴のをかき出してやったことも、聞いた?」 「えっうそ?!」  思わず顔が真っ赤に染まる。後ずさって窓に頭を盛大にぶつけた。円加さんがおかしそうにお腹を抱えている。 「っは、何照れてんの。冗談だよ。あいつは中出ししねえし」  
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