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「あのさ、その手の話題、TPOを考えようよ」
顔の赤みが引かぬまま、太一は目を逸らして言う。
「残念。あんたのこと揶揄うの、わりと好きなんだけどな」
「何でだよ」
「そういう顔が見れるから」
「見てどうすんだよ。意味わかんね」
「見たいだけだよ。それに、あんたは昴の好みの男だからな」
太一はますます顔を赤くした。この前の昴さんの言葉が、こびりついて離れない。
・・・どういうつもりで言ってんだこいつ。ていうか、僕も何意識してんだ。
「楽しそうで何よりだよ。悪いけど僕、昨夜はあまり眠れなかったから、バスで少し寝るわ」
「眠れなかったって・・・また昴と会ってたのか?」
横目で円加さんを見たけれど、いつもと変わらない表情だった。本当に何を考えているのかわからない。
・・・気になるのかな。確かに付き合おうって言われはしたけれど、あんなの軽いノリだったし、円加さんが僕に本気だなんてあるはずがない。そうじゃなかったら、昴さんに抱かれる僕を見てるなんてできなかっただろう。
「違うよ。普通に今日の準備してたら寝る時間なくなっただけ」
「ふうん。寝不足だとバスに酔うからな。気にせず寝とけ」
円加さんはふいっと顔を背けて、イヤホンを耳にはめ込む。
「・・・うん。ありがと」
この前あんな醜態を見られたものだから、もっと冷たい態度を取られるかと思っていたのに。優しかったり優しくなかったり、本当、掴めない人だ。
セミナーハウスに到着する頃には、太一は完全に夢の中だった。ざわざわとはやし立てる声で目が醒めると、座席の周りにカメラを持った学生が群がっている。
「あ、太一起きちゃった」
甲高い笑い声。ふと隣を見ると、円加さんが太一にもたれてスヤスヤと眠っていた。寝顔も美人すぎる。
「何してんの皆」
太一のスマホが振動した。ラインを開くと、ちょうど撮ったばかりと思われる、円加さんと太一のツーショットがハートで加工されて届いていた。
「・・・まじで何してんの」
こういうからかいは慣れていたけれど、あまり気分がいいものではない。
「二人ってどっちもゲイなんでしょ。こうしてみるとお似合いだね」
そう言ってケラケラと笑ったのは千紗だった。渉は一足先にバスから降りたのか、姿が見当たらない。
「知ってんだろ。僕は渉と付き合ってんの。こういうことされると怒られるからやめて」
「えー、渉は怒らないと思うなあ。それより、ねえ、二人でゲイっぽいことしてみてよ」
千紗の煽りに、周りが歓声をあげる。ただの愛のあるいじりだとでも思っているのか、皆、一様に笑顔で、楽しそうに。
表情を抑えつつ、太一の中にストレスが溜まっていく。騒ぎに気付いたのか、円加さんが目を覚ました。ハテナの浮かぶ顔で視線をあちこちに走らせ、やがて太一のスマホに表示された画像の上でピタリと止まる。
「まーどか、起きたあ!今ね、ちょっといちゃついてみてって頼んでたの」
状況を理解したのか、すっと顔をあげ、太一を真正面から見据える。自分が今どんな顔をしているのか、取り繕えているはずなのに、この瞳にさ晒れると途端に自信がなくなっていく。
円加さんはふっと表情から力を抜き、構えられたカメラに向かって妖艶な微笑みを見せた。
「今回だけだぜ」
そう言って太一の肩を抱き寄せると、そのまま額にキスをした。
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