猫と綺羅星

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** 「ドッジボールって、マジかよ」   円加さんは絶句したまま立ち尽くしていた。 「オールラウンドのサークルなんて、こんなもんだよ」  セミナーハウスに併設されたグラウンドで、渉たちは白線を引きながら準備をしている。飲み物や景品などの準備を手伝いつつ、太一は激しく落ち込む円加さんが珍しくてチラチラと見ていた。  ・・・もっと別の遊びでも期待してたのかな。 「日焼けするじゃねえか」 「え、そこ?」 「は?何が」 「いや、何でもない」  ブツブツと文句を言いながら、準備そっちのけで日焼け止めを塗りたくっている色男。 「美意識高いな〜」 「ほざいてろ」 「ええ、褒めてんのに・・・」    千紗がメンバーにくじ引きの棒が入った筒を回していく。五人ずつの6チームが出来上がり、図らずも、太一は円加さんと同じチームだった。渉と千紗も同じチームらしい。何か作為を感じてしまうけれど、気にしないことにした。 「さっさと負けて、日陰で休むぞ」  円陣を組みながら恐ろしく意識の低いことを言って、円加さんはチームのモチベーションをどん底まで下げた。幸か不幸か、僕たちはトーナメント一回戦で瞬殺され、円加さんの望み通り日陰で試合を観戦することになる。  休んで観戦しているのは太一と円加さんだけで、残りのメンバーはヤジを飛ばしながら、特別ルールで許可された水風船やバナナの皮をコートに投げ込み楽しそうにはしゃいでいる。 「太一、ほら」  嫉妬させる作戦の一環なのか、円加さんから飲みかけのスポーツドリンクを手渡された。 「ありがとう。でも、みんな試合に夢中でこっちなんて気にしてないよ」 「どうかな」  太一の腰を抱き、横にぴったりと体をくっつくける。 「遠目からなら、それなりの空気に見えんだろ」  ニヤリと笑い、太一の頭にポンと手を乗せた。楽観的なその様子に、何だか脱力してしまう。同時に、ほんのちょっとだけ、楽しいとも思ってしまった。どうせ誰も気にしてない。なら、こうやってこっそり遊ぶのも悪くない。 「髪、邪魔そうだね」  汗で乱れた長い髪をひと束すくい、円加さんに聞いた。 「ん。太一、結んでくんない」 「できるかなあ。僕、不器用なんだけど」 「適当でいいよ」  素人でもわかる手触りの良い髪を、恐る恐る()かしていく。ひと束にまとめると、綺麗に整えられたうなじが視界に入った。きめ細かくて白い肌。筋肉質で硬い首筋。 「見すぎ」  流し目で太一を見ながら、円加さんが白い歯を(のぞ)かせた。人の視線に慣れきった態度。(しゃく)だけれど、見た目だけはやっぱり好みなんだよなあ。 「円加さん、すっげえ楽しそう」 「そりゃあな。ずっと安全圏にいるクズを揺さぶってやりたいと思ってたんだよ」  ・・・渉のことか。相当嫌いなんだな。  太一が遠い目をすると、円加さんは急に真面目な顔になる。 「一途もけっこうだけどな、それは何をされても貫かなきゃいけないものでもないだろ。これ以上は、俺があんたを見てられねえんだよ」  相変わらずのストレートなセリフ。羨ましいくらいに、この人は自分に正直だ。 「・・・なら、見なきゃいいんだよ。円加さんは何でもはっきりさせたがるし、そこが魅力でもあるんだけど、曖昧(あいまい)にしといた方がいいことだってあるからさ」 「見なきゃいいとか、平気で言ってくれるよな。渉以外の人間は、本当にどうでもいいんだ、あんたにとって」    いつもと変わらないようでいて、少し寂しそうな声。見ると、いつもは凛々しい眉間にシワが寄っていた。思わず手を伸ばす。眉根に刻まれた縦の線を、人差し指でそっと触れる。瞳だけが動き、太一を捉えた。  無表情のままなのに、目が合うと、なぜか切ない気持ちになる。 「円加さ・・・」 「太一!」  反射的に手を引っ込める。声の方を向くと、渉が笑顔で手招きしていた。 「おーい!お前らの出番だぞ!ビリ決定戦やるから来い」 「え?ああ。今いく」  休憩していただけなのに心臓がばくばくと煩い。息切れしそうだ。渉が太一の頭をポンと叩く。(まぶ)しい笑顔。この笑顔が大好きなはずなのに、今はまともに見ていられなかった。
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