猫と綺羅星

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**  セミナー施設は、遠くに大きなゴルフ場がポツンとあるだけの人気のないエリアにあるので、夜になると、施設の裏手にある自然公園が不気味な空気を(かも)し出す。まさに、肝試しにうってつけだった。 「それじゃあ、ドッジの試合で優勝したチームから前に出てきてくれ!」  同期の呼びかけに、千紗と渉、そして同じメンバーだった新入生の三人が応じた。渉以外、どこか浮き足立っている。渉だけは、何か考え込むような顔をしていた。  先に新入生の三人が、思い思いに気になる相手を指名する。その度に、どっと周りがはやし立てた。 「次は千紗と渉、だけど、・・・この二人はもう、ね?」  司会をしていた男が、意味ありげな笑顔で言葉を(にご)す。渉が太一と付き合っていることも、その上で千紗と関係を持っていることも、サークル内では周知の事実だった。だからといって、(とが)める人間はここにはいない。こんなサークルに集まってくる奴らなんだから、当たり前だけれど。 「もうお前らが誰を指名するかなんてわかりきってるから、どっちが先でもいいよ」 「じゃあ、俺が先に指名してもいい?」  千紗がパッと顔を輝かせる。渉は感情の読めない顔で、すっと手を前に差し出した。 「太一。俺とペアになって」  一瞬の静寂の後、鼓膜(こまく)が破れそうになるくらいの黄色い歓声が湧き起こった。 「・・・僕?」 「恋人なんだから、当たり前だろ」  渉の声が優しい。夜の闇の中でも眩しい笑顔が、まっすぐこちらに向けられている。動けずにいると、隣に立っていた円加さんに背中をポンと叩かれた。 「よかったじゃん。行ってこいよ」  見上げると、円加さんが穏やかに微笑んでいた。完璧すぎるほどにバランスのとれた骨格が、月夜に照らされ肌に陰影を作っている。美しい顔のラインが光に縁どられ、夜に溶けているみたいだった。 「俺の作戦、効いたのかもな」 「・・・えっと、円加さんは、どうするの?」 「知らねえよ。どのみち偶数人しかいねえんだ。誰かしらと組むことになるだろ」  飄々(ひょうひょう)とした口ぶり。余裕を見せるようなその笑顔からは、円加さんの感情は読み取れなかった。  結局円加さんは、二位のチームの女の子に指名されていた。全員のペアができたところで、肝試しが始まる。最初にルートを回るのは、太一と渉のペアだった。 「公園の奥に屋根付きのベンチがあるから、そこで自分の名前が書かれた札を取ってくること!怖いからって走って戻ったりすんなよ。ベンチについたら五分はその場に留まれよ。じゃあ行ってこい」  ホラーなムードが台無しなほどの歓声を背に受けながら、太一たちは歩き出した。先を行く渉から少し間をあけて、太一は黙ってついていく。  なぜ自分を指名したのかとか、聞きたいことは色々とあったけれど、話しかけるきっかけがつかめない。怖いとかそんなことを感じる余裕もなく、あっという間にベンチに辿り着いた。 「ここか。・・・あ、俺と太一の札みっけ」  風で吹き飛ばないようにか、名札は両面テープでベンチに貼り付けられていた。渉が二枚とも引き剥がし、片方を太一に手渡す。 「サンキュ」  指先が触れた。恋人とは思えないほどによそよそしい空気に、どうしようもなく緊張してしまう。このまま五分はきつい、そう思っていると、渉がおもむろに、 「太一と円加って、ほんと仲良いよな」  ニコッと笑って、太一の瞳を(のぞ)き込む。 「そう?」  いきなりの話題がそれかよ。どう答えようか考えていると、渉が再び口を開いた。 「だってすっげえ距離近いし。いつの間にそんな仲良くなったわけ?」  なんでもないような口調だったけれど、何かを探ろうとしていることはわかった。答え方を間違えると、取り返しがつかなくなりそうな、そんな雰囲気だった。  緊張で、(のど)(かわ)く。 「同じバイトしてるって言ったろ。ここ最近は、一緒にいる時間が長かったからな」 「そっか。同じバイトならそうなるわな。でも、キスする仲とは知らなかったよ」  心臓が鷲掴(わしづか)みにされたようだった。 「・・・見てたのか」 「見せつけてたんじゃないのか?バスん中でお前にキスしてる円加と、目が合ったんだけど」
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