猫と綺羅星

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 夢みたいな展開に舞い上がりすぎて、その直後、僕は地に落とされる。 「ゲイってなんか、特別な感じがしてかっこいいよな。それになんか、女との恋愛とちがって、本物って感じがする」  そうだね、とうなずいてみたけれど、うまく笑えなかった。渉の気持ちと僕の気持ちは、”好き”という言葉でひとくくりにされただけの、別物だと気づいた。 「渉。キスしていい?」  それでもいいと思った。渉は僕のヒーローだったし、恋人にしてもらえただけでも幸せだったから。  けれど渉は渋い顔をして、顔を左右に振った。 「太一。俺らの間で、そういうのはなしにしよう」 「そういうのって」 「だから、キスとか、体の関係とか」 「・・・な、んで」  渉は僕を(さと)すように、 「同性同士ってのはさ、体じゃなくて、気持ちで繋がるもんなんだって。俺は太一が好きだし、太一も俺を好き。それでいいじゃん」  打ちのめされた気分だった。僕は、ノンケが異性と恋愛するように、同性と恋愛したかった。目の前に好きな相手がいたら、そいつと身も心も繋がりたいと思っていた。  でも、渉はたぶん、同性愛を勘違いしている。そしてその、勘違いした愛の形を渉は理想としていた。 「僕たち、恋人だよね?」 「ああ、もちろん」  渉は(まぶ)しいくらいに無邪気(むじゃき)に笑った。心が冷えていく。けれども、渉を好きな気持ちは変わらなかった。    そんな僕らの関係が一年ほど続いた頃。僕は渉の首筋に赤い(あざ)を見つけた。 「なに、それ」  痣を指さし問うと、渉は悪びれもせずに、 「え?・・・ああ。この前ゼミの子とホテルに行ったんだけど、その時に付けられたのかな」  さっと血の気が引いた。指先が小刻みに震える。渉はいつも通りに無邪気に笑っていた。信じられなかった。 「ホテルに行ったの?しかも女と?・・・なんでだよ?渉の恋人は僕だろ」 「恋人は太一だけどさ、仕方ないじゃん。俺も男だし、そういう欲は()まるよ」  渉はあっけらかんとしている。 「なら・・・」  なら僕を抱けよ、そう言おうとして言葉を飲み込んだ。渉は困ったように眉尻(まゆじり)を下げる。子犬みたいな顔。渉がそっと僕の頭を撫でた。 「太一にはそういう、生々しいもんをぶつけたくないんだよ。こういうのは、ただの性欲処理だから、気にしなくていい」 「気にするだろっ!!ふざけんなよ!」  渉の手を勢いよく振り払う。バチンという音があたりに響いた。頬に生暖かい涙が伝う。目の前がかすんだ。どうしようもなく(いら)立って、どろどろとした感情が暴れまわって、ひどく(みじ)めだった。 「なんでそんなキレんの?意味わかんねえ。()まってるなら、お前も他で処理してこいよ」 「そうじゃねえだろ!もう・・・いい」  この一年、太一はずっと渉に抱かれたくてたまらなかった。渉のことが誰よりも好きだったから、渉の理想を尊重して、ひたすらこの欲望に(ふた)をしてきた。  それなのに、渉に抱かれた女がいる。太一じゃない別の誰かに欲情して、体を繋げたんだ。  嫉妬(しっと)で狂いそうだった。 「・・・もういい。別れよう」 「は?なんで」 「なんでって、お前が浮気したからだろうが」 「浮気じゃねえよ!嫌だ、別れたくない」  渉に泣いてすがられ、結局(けっきょく)、太一は渉を許した。  けれど(すさ)んだ気持ちはどうしようもなく、太一は出会い系のアプリに登録し、その日の夜、初めて会った男に抱かれた。手足を(しば)ってもらい、めちゃくちゃに犯してもらった。どんなに腹が立っていても、渉以外の男にしがみつきながらセックスなんてしたくなかったから。  これが太一の初体験だった。死ぬほど痛かったし、たくさん血も出たけれど、もうそんなことはどうでもよかった。      
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