猫と綺羅星

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「渉っ!」  部屋に飛び込んできたのは千紗だった。続いてやってきた円加さんが、千紗を後ろから羽交い締めにする。半狂乱の千紗が、太一たちを見るなり悲鳴をあげた。 「暴れてんじゃねえよ!部屋戻るぞ!」 「渉に何してんのよ変態っ!」  千紗が血走った目をして叫ぶ。 「千紗、違うんだ。これは俺から誘って・・・」 「早く渉から離れなさいよ!!!」 「いいから落ち着けって!」  暴れ続ける千紗。あの円加さんが抑えるのに手こずっている。このまま叫ばれるとまずいと思ったのか、渉が慌てて駆け寄った。そのまま渉にしがみつき、千紗は泣きじゃくる。円加さんが頭を抱えて舌打ちをした。 「悪い、二人とも。渉の部屋でシャワー浴びてたら千紗に見つかっちまって。・・・血相変えて出ていったから嫌な予感して、追ってきたらこのザマだ」  この状況に一番落ち込んでいるのは渉みたいだった。 「いや、こっちこそごめん。こんなことになるとは思わなくて」 「・・・千紗、部屋に連れて帰ってあげなよ」  太一はできるだけ冷静な声で言った。渉が慌てて太一を振り返る。今にも泣き出しそうな目をしていた。太一の心がどんどん乾いていく。  ・・・そんな顔してても、心の中でホッとしてるんだろ。  怒鳴りたい気持ちを抑えて、ゆっくりと言葉を吐き出す。 「早くしないと、人が集まってくるよ。さすがに僕も、この格好見られるのは嫌だし。頼むよ」  渉はしばらく葛藤していたが、 「一旦は帰るけど、このまま終わりってのは無しだぞ。今日は無理でも、また絶対連絡するから」    くっついて離れない千紗を引きずるようにして、渉は部屋から出ていった。腕組みをした円加さんが、黙って太一の様子を伺っている。もうすっかり気分は()えていた。 「邪魔して悪かった」  まっすぐな声で、円加さんは言った。 「円加さんが謝ることないよ。千紗が来ても来なくても、同じだったから」 「太一?」  せき止められていた感情が決壊したように、瞳の奥から涙が(あふ)れた。円加さんが目を見開く。太一にとっても不意打ちだった。止め方がわからない。目尻からボロボロと雫が伝い、シーツに(にじ)んでいった。両腕で顔を隠す。こんな情けない姿、円加さんには見られたくなかった。  さっき起こったことを言葉で伝えようとしたけれど、口を開くとうめき声ばかりが()れて一言も(つむ)げない。慌てるほど、嗚咽(おえつ)は大きくなっていく。  目の前で泣かれても困るよな。そう思って両目を押さえる。頭は冷静なのに、感情をコントロールできない。焦っていると、円加さんの髪の毛が肌をくすぐった。何だろうと両腕をどけてみる。すると上から覆いかぶさるように、円加さんに抱きしめられた。甘い匂いが全身を包む。腰の後ろに腕が回され、もう片方の手が太一の頭をゆっくりと撫でていた。 「後で目、冷やしてやるから存分に泣け」  こめかみに柔らかな息が吹きかかる。あやすような声がどこまでも優しくて、いつもの円加さんじゃないみたいだった。驚いたけれど、腕の中があまりにも心地よくて、心の奥から暖められていくようだった。 「なんだよ。もう止まったのか」  太一の(まぶた)に口付けを落とし、フッと片頬を吊り上げた。いつものシニカルな笑顔だったけれど、瞳の奥があんまり優しいものだから、胸がキュッと締め付けられた。 「渉、やっぱり男は無理だったよ」  感情の波が落ち着いて、ようやく話すことができるようになった。掠れて震えて、ひどい声だったけれど、円加さんは黙って聞いてくれた。 「馬鹿みたいだよね。男とのやり方を知らないだろうと思ったから、手荒くされてもいいように、時間かけて準備してたんだ。挿れるどころか、あいつ、前に触っただけで怖気(おじけ)付いてたよ」  笑い話に聞こえるように、あえて軽く言ってみせた。けれど、どうしても声が震えてしまう。円加さんは太一を見下ろしながら、怒ったような、苦しそうな顔をした。  腰に回された手が、するりと下に伸びていく。指先が、そっと後ろに触れた。 「自分で(ほぐ)したのか。・・・こんなになるまで」  円加さんは確かめるように、優しい手つきで入り口をなぞっていく。太一は自虐的に笑った。 「みっともないでしょ。円加さんが前に言った通りだね」 「そんなことねえよ」  それ以上は言わせないという風に、円加さんが唇を(ふさ)いだ。
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