猫と綺羅星

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 店内のドアが開き、紙袋を抱えたスタッフたちが続々とホールへ入ってくる。円加さんが組んでいた脚を(ほど)いて立ち上がった。 「それじゃあ、フィッティングに行ってくる」  太一の頭をポンと叩き、軽やかな足取りで奥のドアへと消えていく。島さんが悲しげな目をして歯を食いしばっているのを、太一は見なかったことにした。  ブルル ブルル  ポケットから伝わる振動に、心臓が飛び出そうになる。画面を表示させると、また渉からのメッセージが届いていた。 不在着信:879件 メッセージ:太一。頼むから電話に出てく・・・・  気づかれないように深呼吸をする。別れると伝えた日から、毎日スマホは鳴りっぱなしだった。  最初は電話に出てごねる渉を何度も説得していたけれど、だんだんと恐ろしくなって、折り返すことができなくなった。  ・・・なんとかしないといけないのはわかっているんだけど。  大学でも家でも待ち伏せをされ、ひとりにならないように、事情を話した友人たちに張り付いて行動する日々。渉は、太一が誰かと一緒にいる時は声をかけてこない。一人になると、決まってよりを戻そうとしつこく言い寄ってきた。ここ数日は、家にもまともに帰れていない。  うんざりした気持ちで画面を閉じる。  ・・・円加さんには、心配かけたくないなあ。  友人たちには、警察に行くことを勧められたけれど、同性愛のカップルのいざこざに真剣に取り合ってもらえるのか自信がない。それに、渉を警察に突き出すようなことはしたくなかった。それくらいの情はある。  自分でなんとか解決しようと、そう心に決めた。  円加さんが、ローブをまとって奥のドアから現れる。15センチはあろうかというスタッズで縁取られたハイヒールを履いていた。すらりと均整の取れたプロポーションがより際立っている。  ローブを脱ぐと、黒く光沢のある布が腰にゆったりと巻かれていた。 「神々しい・・・」  松木さんと島さんが揃って呟く。確かに似合っているし綺麗なんだけれど、クラシカルな神というよりもパンクスタイルの悪魔だな、なんてことを心の中で思った。 「ショーまで残り一週間だから、今日はウォーキングのリハまでやるからねー!」  舞台監督の男があご(ひげ)()でながら声を張った。  歩きながらポージングを決める円加さんを、太一はまたスケッチしていた。こっちに気づいたのか、円加さんが流し目で艶っぽく微笑みながら、腰に巻きつけた布をするりと外した。 「えっ?!」  その下は何も身につけていないと思っていたので、太一は(あせ)って立ち上がる。すると、(ひも)で両端を留められた下着が現れた。思わず腰が抜ける。円加さんが口元を押さえて笑っていた。  ・・・()いてたのかよ、あのやろう。  にしても、とてもセクシュアルで、見ていると逆にハラハラしてしまう。布は竿を隠す分だけしかなく、かなり際どい。歩くだけで視線を(あお)りそうなデザインだ。  リハーサルが終わって、スタッフたちが撤収のため荷物をまとめていると、太一は円加さんに呼ばれた。 「着替えないの?」  尋ねると、円加さんが肩をすくめる。 「俺だけ、居残り。ランウェイで履く下着なんだけど、色のラインナップが複数あってさ。どれでいくか、試着して決めるんだ」  ふうん、大変そうだなあなんて思っていると、 「せっかくだし、太一にも見てもらいたくて。アドバイスくれよ」 「僕が?素人だよ」 「最近気付いたけど、太一こういうセンスあるだろ。観客目線で、思ったこと言ってくれるだけでいいからさ」  そう言われると、悪い気はしない。円加さんが太一の肩を抱いて、そのまま二人でスタッフルームに入った。
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