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「渉、頼むからもうやめてくれ・・・」
『やめるって、何をだ?』
朗らかな声。背筋が凍りつく。
「何って、だから、こんなストーカーみたいな真似することだよ」
本当に頭がおかしくなったんだろうか。渉が電話の奥で笑った。
『俺たち付き合ってんだから、会いにくるのは当然だろ』
「別れようって言っただろ?別れたいんだよ、僕は」
『嫌だ』
「嫌だって言われても、無理だ。僕はもう、渉を好きじゃないから。・・・映画も、ごめん。行けない」
なんとか声が震えないように、ゆっくりと言葉を吐き出す。渉が舌打ちをした。
『勝手なこと言ってんじゃねえよ。別れねえから。絶対。それに、こういう話を電話で済ますってどうなの?』
言葉に詰まる。渉の言うことは、わからなくもない。
「でも、映画は絶対行かない。かわりに、今度大学で直接話そう」
『二人きりで?』
「・・・いや。違うけど」
『だったら嫌だ。何、円加か?なんで関係ないやつに邪魔されなきゃなんねえんだよ』
「円加さんじゃないよ。小山たちに、頼んだ」
『ざけんな。誰が行くかよ』
「ならどうやって僕たちは話し合えるんだよ!」
『太一が映画に来ればいいんだよ』
「二人で会うわけないだろ!いい加減にしてくれよ!」
『それはお前だろ!俺を舐めてんのかよ!!映画に来ないっつうなら、無理矢理にでも二人になる機会を作ってやる』
ゾッとする捨て台詞を残して、渉は勝手に電話を切った。全身に鳥肌が立っている。頭がひどく痛んで、立ち上がることができなかった。なんとか体を引きずって、ベッドに倒れこむ。
・・・渉、何をする気だ。どうしよう、円加さん。迷惑かかっちゃうかも。
痛む頭をおさえて瞳を閉じる。そのまま、気絶するように眠りについた。
**
翌日、午前の講義を終えて学食に向かうと、入り口の近くのベンチで、円加さんと千紗が何やら話し込んでいた。
「円加さん」
太一に気づき、円加さんが片手をあげた。隣にいる千紗がハッとした様子で、顔を逸らす。
「待たせちゃった?」
「いや、全然」
太一の肩を抱き、そのまま額にキスをする。薄々感じていたけれど、円加さんは全く人目を気にしない。街を歩こうが講義中だろうが、堂々と太一を抱き寄せ、今みたいにキスをする。嬉しいけれど、恥ずかしくていつも顔をあげられなくなる。
「何話してたの?」
「んー、大したことじゃねえよ。最近渉とはどうなってんだとか、そういう話」
「そっか」
胸がチクチクと痛んだ。千紗が、このあと用があるからと言って立ち上がる。一瞬だけ太一を横目で見ると、そのまま何も言わずに歩き去った。
太一が円加さんの腰をぎゅっと抱くと、円加さんが微笑んで、太一の髪に鼻を埋める。ふわりと吐息がかかり、くすぐったい。
「珍しいな。太一から人前でくっついてくるの」
「そういう気分だったんだ」
「そっか」
言いながら、バカップルに見えないだろうかと内心ヒヤヒヤした。円加さんの嬉しそうな顔。とびきり優しい瞳で太一を見下ろす。出会ったばかりの頃とは別人みたいだ。愛しい気持ちがこみ上げる。
・・・絶対ダメだ、この人を巻き込んでは。
「そういえば、来週のショーって、僕も見に行っていいの?」
「当たり前だろ。ていうか、太一が選んでくれたやつもお披露目するから、絶対来いよ」
そう言って、目元にちゅっと口づけられた。ひたすら甘い空気に、心が緩んでいく。
・・・しっかりしろ、僕。渉とちゃんと区切りをつけて、早く円加さんと堂々と付き合うんだ。
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