猫と綺羅星

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**  ショーの当日。Black Veilの店内は、いつも以上に人で(にぎわ)わっていた。太一が描いた絵が大きく引き伸ばされ、店の入り口に大々的に掲げられている。細く流麗な文字で書かれたブランド名とキャッチコピーが人目を()いた。  円加さんの美貌は、実物じゃなくても人を釘付けにする力があるらしい。みるみると人が吸い寄せられている。ゲイクラブだと知らないお客さんが、受付で説明をされて驚いていた。 「太一くんに頼んで正解だったよ。こんなに混み合うのは初めてだ」  松木さんが満足げに微笑む。引き受けて良かったと、心の底から思った。 「開演は19時だから、それまで中でゆっくりしてって」  昴さんが店内のVIPルームに通してくれる。色々と思い出深い部屋だったけれど、意識しないように平静を装った。 「ありがとうございます。・・・えっと、ちなみに円加さんは、どこに」 「モデルたちは皆スタッフルームで最後の打ち合わせをしているよ。最終リハもあるだろうから、ショーが終わるまでは会えないね」 「そうですか」  少し、気持ちが沈む。昴さんがクスリと微笑んだ。 「随分と惚れ込んでるみたいだね。しょんぼりしちゃって、かわいいなあ」 「揶揄(からか)わないでくださいよ。しょんぼりなんてしてないです」  ムキになると、昴さんがますます楽しそうに口元を(ほころ)ばせる。 「いやあ、ごめんね。円加もきっと、寂しがっているだろうと思って。・・・なんせ、昨夜(ゆうべ)は君に、相当無理をさせたみたいだから」 「へ?」  咄嗟(とっさ)に意味が理解できず、固まる。昴さんが流れるようにウインクした。 「太一くん、歩き方変になってる。腰をかばっているんだね。勘のいい人はすぐ気付くよ。そんなに激しく愛し合った翌日は、相手のことで頭がいっぱいになって、恋しく思っちゃうものでしょ」  頭が真っ白になる。昴さんの高笑いが遠ざかっていった。徐々に、顔から耳までが真っ赤に染まる。部屋に一人残されて、太一はクッションを抱え込みながらひたすら悶えた。  ショーの開始まであと10分を切った頃、VIPルームのドアがノックされる。昴さんが呼びに来たのだろうか。 「はーい!」  ドアを開けると、キャップを被り、マスクで顔を隠した男が立っていた。 「えっと・・・?」  男が軽くキャップをあげる。そこにいたのは渉だった。太一は一瞬、何が起こったのかわからなかった。渉は太一を中に突き飛ばすようにして押し入ると、そのまま後ろ手で鍵をかける。 「渉、なんでここに」 「会いに来てやったんだよ。太一に避けられまくってたからな」  太一は緊張で、(つば)を飲み込んだ。渉はポケットに手を突っ込んだまま入り口にもたれている。太一が逃げ出せないようにだろうか。そのまま動く気配がない。いつもの無邪気な笑顔は影を潜め、鋭い視線が太一に突き刺さる。 「そんな・・・避けてなんか。悪いけど、これからショーが始まるから、話は後にしてくれないかな。下に降りたいんだけど」  なるべく刺激しないように、ゆっくりと喋ったつもりだったけれど、渉は吐き捨てるように言葉を返した。 「ショーなら、この部屋からでも見れんだろ。やっと二人きりになれたんだ。邪魔が入らねえうちに、腹割って話し合おうぜ」  座れよ、感情のない声で言われ、太一は従うしかなかった。(くら)い瞳をまっすぐ向けられる。空気が張り詰め、緊張感が高まっていった。 「なんでここにいるってわかったの?というか、どうしてここに入れたの」  ゆっくりと近づいてくる渉を牽制(けんせい)するように、強気の声を出す。渉は乾いた笑い声をあげた。 「合宿ん時に言っただろ?一人でここに来たんだって。その時、昴さんにこの部屋に通されたんだ。・・・太一が今日ここにいることは、あんたを付け回して話を盗み聞きしてたからわかった。俺は太一の言うストーカーだからな」  渉が、太一の隣にどっかりと腰掛ける。 「これが何だかわかるか」  ポケットから折りたたみ式のナイフを取り出し、太一の目の前で左右に振った。あまりのことに、太一は(うめ)き声しか()らせない。 「痛い目には、()いたくねえよな?」  渉がすうっと目を細めた。  
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